Carmenのスペイン語こぼれ話

7.  動詞の森にご案内

   

 初級文法の学習者はまずアルファベットや単語の読み方を習うのだが、愛想笑いをうかべて「ねっ、スペイン語の発音ってやさしいでしょ」という教師の問いかけに大抵はまぁそうだなと納得する。もちろん、英語の発音のほうが簡単だという感想を持つ人もいないわけではない。

 ところがその後に続く説明で、現在形 -ar 動詞の活用というのが最初に出てきた時点で早くも大半の学習者が英語よりも複雑なスペイン語の動詞活用の実態に気づく。しかも続いて -er動詞・-ir 動詞というのも出現する。さらに話は進み、実は前の課で勉強したのは規則活用で、この課では不規則活用の動詞を勉強しま〜すと教師の声。この頃になると、ひょっとしてスペイン語って難しいのかもという疑念が学習者の頭をよぎる。

 そして、初級文法を終えた学習者は自分が習った動詞の活用形の多様さに呆然とし、スペイン語がやさしいなんてまっかな嘘だった、先生にだまされたぁ〜と教師に呪いの言葉を吐くことになる。そんなこと言われてもねぇと先生は涼しい顔。スペイン語の発音ってやさしいでしょ、とは言ったけど、スペイン語ってやさしいでしょとは言ってないよ。それにスペイン語の動詞は語尾の形を見ればある程度人称の見当がつくでしょう。動詞の活用は難しいのではなくて、覚えることがたくさんあって暗記が面倒なだけなのよ。わかった? わかってないようね。んも〜、私を恨めしげに見るのはやめてくれないかなぁ。(^^;;)

 でも、確かに教師としては、スペイン語の発音の説明を終えた時点でその習得の容易さをとりわけ強調したくなるのも事実なのだ。そのあとに続く動詞活用地獄にようこそ〜ということで、愛想笑いのひとつやふたつサービスしときますぜ。へへ。

 人間年をとると暗記するのは若い頃よりも骨が折れる。それは私も経験ずみなのでよくわかる。だけど受験勉強で大量の丸暗記を経験したことがまだ記憶に新しい世代の学習者ならば、スペイン語の動詞活用を覚えることなんて本気出してやればそれほど大変ではないはず。でもこういうのって学習の動機づけがないとなかなか覚える気になれないのかもね。絶対この子は思考能力ゼロのはずがないという学歴を持つ学習者が、ある動詞の一人称複数形の形を言うように要求されて、「なんとかモス」ととりあえずもっともらしい形すらでっちあげられないなんて、考える努力そのものを放棄しているとしか思えない。学習動機なき外国語学習はむなしいですよ、学習者本人にとっても、教える側にとっても。あなた心あたり、ある?

 中南米でスペイン語をかじってきて日本に帰国後、初級文法のクラスに参加する学習者にとって悩みの種は動詞の二人称複数形も覚えるよう要求されるケースが多いこと。Vosotrosを使うスペインでは動詞の二人称複数形が使われるが、中南米ではvosotros を ustedes で代用するので動詞の二人称複数形も使われない。(中南米には voseo と総称される別の活用形態を使う地域もあり、これを現地で覚えてきた学習者はこれまた悩みが深まることになる)

 学習を始めた時点で六つの活用形を覚えた者が、相手次第で二人称複数形を使う・使わないを切り替えるのはさほど骨の折れることではない。ところが、活用形を五つしか覚えずにある程度スペイン語をものにした学習者があとで一つ余分に覚え直すのは、経験者によればどうもやっかいなことらしい。まさに日本人にとっての敬語と同じで、言語運用能力をある程度身につけたのちに習得を要求されるものは意識的に使う努力をしないと身につきがたいのだ。

 スペイン人相手でも自分は中南米式で押し通すと決めた人もいるかも。結構。それもあなたの個性よね。でも、そんな学習者にほほえみながらも勉強ですからと六つの動詞の活用形をすべて言いなさいと活用暗唱を命じる教師もいたりする。そう。スペイン語教師がひとたび愛想笑いをうかべれば学習者は皆動詞の活用練習に励むしかないのである。

   Carmen

 

0. はじめに 

1. スペイン語圏

2. 辞書の話

3. 外来語あれこれ

4. スペイン語のテキスト

5. 性をめぐる話

6. スペイン語の映画

7. 動詞の森にご案内

8. もう一度やりなおしたい

9. セニョリータとお嬢様

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