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第5回 美術品の裏の世界

その1    その2

 これから書くことは普通の美術史の授業では決して語られることのないきな臭い話である。 雰囲気的にはマンガ「ギャラリー・フェイク」を想像しながら読んでもらえると嬉しい。

 最近、スペイン内戦中に芸術作品がどう扱われていたのか調べてるんだけど、これが面白いんだよね。

 1936年7月から2年半にわたってスペインは内戦という悲劇に襲われた。 大胆な改革を進行させる第二共和国に対して有産階級や教会勢力、軍隊などが不満を募らせていく。 そしてついに、フランコ将軍を筆頭にした軍隊が反乱を起こすのである。 これがスペインを二分する内戦へと発展する。 結局39年には共和国政府が亡命し、ドイツやイタリアの援助を受けたフランコ軍が勝利を収め、75年まで続く独裁体制が成立するのである。

 で、その内戦のまっただ中である1937年2月28日のABC紙には次のような記事が載っている。

 《オルガス伯の埋葬》がロンドンにあるとするのなら、それを運んだのは反乱者たちである。

 ロンドン26日。 駐英スペイン大使はスペイン共和国政府が芸術作品を売却した、あるいは売却を検討しているという流布した噂をきっぱり否定した。 この点に関して、エル・グレコの有名な作品《オルガス伯の埋葬》がスペイン政府によってロンドンに運ばれたという報道が間違いであることを確認した。 反乱者たちがトレドを占領したとき、その作品はサント・トメ聖堂にあり、したがって作品は反乱者の手に落ちたに違いないのである。

 今やトレドの観光名所となっているサント・トメ聖堂。 そこにある唯一の見所エル・グレコの《オルガス伯の埋葬》が内戦のどさくさに紛れて持ち出され、ロンドンで競売にかけられようとしていたという記事だ。

 直接確認してはいないが、フランコ側は「共和国政府は美術品を海外で売り払ってるんだぞ!《オルガス伯の埋葬》だって・・・」っていう報道をやっていたのだろう。 これは共和国側がそれを否定した上、「あれはフランコたちがやったんだぞ」と主張している記事なのである。

 美術品の置かれた状況に対するこうした非難の応酬は他にもたくさんあった。 フランコ側に立ったホセ・マリア・セルトはこんな手紙を書いている。

 1936年12月、私がニューヨークにいた時、エル・エスコリアルの五点の作品がシカゴ美術館に提供されたことを新聞で知りました。 その数日後、ジョセフ・デュバン卿がゴヤの《チンチョン女伯爵》を購入しないかともちかけられたことを伝えてきました。 彼はその申し出をしてきた人物を信用できず、事の微妙さを思って購入しませんでした。 それに、いわゆるバレンシア政府が提供しさえすればアメリカの美術館は我々の国家遺産を購入する用意があることも存じております。(COLORADO CASTELLARY, Arturo: El Museo del Prado y la Guerra Civil, 1991より抜粋)

 バレンシア政府ってのは共和国政府のことで、ゴヤの《チンチョン女伯爵》ってのは、2000年1月にプラド美術館が40億ペセタも出して購入した作品だ。 内戦中のプラド美術館について博士論文を書いたコロラド・カステラリィは《チンチョン女伯爵》が売りに出されたことを「誤りである」としているが、こうした報道がどこまで真実だったのか、実はまだ調べがついていない。 やっぱこんなことを調べるためにはスペインに行かなきゃいけないわけよ。 日本で行う研究ってのはそれなりの限界があるわけで・・・。

 で、実際に作品が持ち出されていなかったとしても、あるいはそれが本当かどうかわからないながらも新聞紙上で非難の対象となっていたこと自体、美術作品がもつ社会的意義の大きさをうかがわせるものである。 この頃の新聞紙上では美術品を巡る非難合戦が虚実入り混じりながら行われていたのである。

 どう? 《オルガス伯の埋葬》や《チンチョン女伯爵》を見る目がちょっと変わったでしょ。 でもさ、同時にこんなのは「内戦中のゴタゴタでしかない」って思ったでしょ? 現代ではそんな事件は起こり得ないって。 違うんだな、これが。

 

 その2へ続く...


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◆第1回 絵画は「もの」である
◆第2回 スペイン美術ってなに?
◆第3回 ボデゴン
◆第4回 再現の難しさ
◆第5回 美術品の裏の世界
◆第6回 それ僕の!
◆第7回 星へと続く道
◆第8回 典型的なスペイン女性
◆第9回 バルセロナ > ガウディ
◆第10回 ピカソは何美術?

 

 

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