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第9回 バルセロナ > ガウディ

 

 「バルセロナっつったらガウディ!」ってのは 「朝食にはみそ汁」ってのと同じくらいのお約束。ひときわ目をひくサグラダ・ファミリアをはじめ、カサ・ミラにカサ・バトジョ、グエル別邸にグエル公園。バルセロナにいくつもあるガウディの建築は超有名な観光スポット。でもさ、バルセロナで見るべき建築って

 

本当にそれだけ?

 

 バルセロナの歴史って古代ローマ時代にまで遡ることができるほど古い。20世紀に限ってみても、ガウディの他に面白い建築はあるはず。そこで、

 

「朝食にシリアル食べてもいいじゃん」

 

ってのが今回のテーマ。ここで「パン」って言わないのがミソね。

 

 確かにガウディはモデルニスモの代表的建築家だけど、動物学博物館やカタルーニャ音楽堂を設計したドメネク・イ・モンタネルだって同じくらい重要なモデルニスモの建築家。それなのに、日本での知名度は格段に低い。他にもジョセップ・プイグだっているのに、何故か日本のガイドブックはほぼ完全に

 

ガウディ一色。

 

 ま、これは日本のガイドブックにだけ限ったことじゃないんだけどね。サグラダ・ファミリアの入口には観光客の行列ができてたり、バルセロナの本屋を覗いてみるとガウディ関連の本が山積みになってたりするし・・・。

 

 で、先週末は四連休だったんで、ちょっくらバルセロナに旅行してきたんだ。1年半ぶりなのかな、あの街は。観光のつもりで行ったから図書館や資料館には足を向けず、自分の興味があるところをまわってきた。

 ある建築家の作品を探してまわったんだけど、話の流れからもわかるように、それはガウディの建築じゃない。しかも、モデルニスモの建築家でさえない。「朝食にパン食べても・・・」って言わなかった理由はここにある。

 

 その建築家とは

 

ジョセップ・リュイス・セルト!

 

 「誰だ、それ?」って声があちこちから聞こえてきそうだ。セルトの建築が全く注目を浴びてないってのは、その知名度の低さから一目瞭然。日本語のガイドブックはおろか、地元の地下鉄の構内にある周辺地図にさえも建物の名前は登場しない。一応、1937年のパリ万博でスペイン・パビリオンの設計をやった建築家なんだけど。

 こう言えばいいか。

 

ル・コルビジェの弟子。

 

 これでどんな建築かわかってもらえるはず。

 

 で、俺が建物の名前と通りの名前だけを頼りに探してたのは、グラン・ビアとパセイ・デ・グラシアが交差するとこにある「ロカ宝石店」とかトレス・アマット通りにある「結核中央無料診療所」。知らないと、絶対素通りしちゃうような建築。

 

「結核中央無料診療所」

 

 確かに、セルトの建築自体はなんの変哲もない四角い建物ってだけで何の面白みもないように見えるんだけど、それがバルセロナにあるってことが面白い。

 

 1920年代後半、バルセロナでセルトを中心にGATCPAC(Grup d'Artistes i Tecnics Catalans per al Progre's de l'Arquitectura Contempora'nia)っていう建築家グループが結成され、1930年にその全国版とも言うべきGATEPAC(Grupo de artistas y Te'cnicos Espan~oles para el Progreso de la Arquitectura Contempora'nea)が結成される。メンバーは1905年前後に生まれた若者がほとんどで、19世紀末のモデルニスモの建築家とはまったく違う、あるいはまったく正反対のメンタリティーをもっていた。

 彼らはA.C. Documentos de actividad contempora'neaっていう雑誌を創刊してその活動を広く普及させようとするんだけど、その創刊号に載せられた宣言の中にこんな一節がある。

 

 建築はその用法、目的に対応する。それは理性を満足させねばならない。部分や素材、空間や光から出発し、理性に基づいてシンプルで建設的なやり方で内部(機能)から外部(ファサード)へと展開し、プロポーションや秩序、均整の中に美を求めなければならない。過剰に付け加えた装飾を削除しなければならない。素材の不正な使用、模倣建築に対して戦いを挑まねばならない。

(Valeriano Bozal:Historia del Arte en Espan~a II, Madrid, 1994, p.141)

 

 「過剰な装飾を削除」ってのは明らかにモデルニスモに対するアンチ・テーゼ。GATEPACのメンバーは回顧主義、地方主義に陥ってしまった「遅れた」スペイン建築に反発し、「理性」を武器に「ヨーロッパ化(=近代化)」しようとしたんだよ。彼らが、「カタルーニャの地方性に固執した」ガウディの建築を反面教師としていたことは火をみるより明らかでしょ。

 そして、ガウディに代表されるモデルニスモのゴテゴテ装飾の建築とは正反対で、曲線や装飾を完全に排除した「理性的」なセルトの建築がバルセロナに建てられた。

 

 今でこそセルトをはじめとするGATEPACの建築家たちは一般の関心を呼ばないけど、その当時はけっこう重要な建築家だったんだよ。

 1932年にアサーニャ政権によってカタルーニャ自治法が成立して、ジェネラリター(カタルーニャ自治政府)に自治権が与えられるじゃん。そのジェネラリターが率先して進めた都市計画の多くにGATECPACの建築家たちは関わってる。

 ディアゴナル大通りの都市計画だってそうだし、A.C.にはバルセロナの旧市街の再開発計画なんてのが載ってたりする。時代はもっと遅いけどモンジュイックの丘に建てられたミロ美術館だってセルトの建築。

 今回探し回った「ロカ宝石店」だって、1935年にはハンス・アルプやマン・レイの展覧会会場として使われた。単にセルトの建築ってだけじゃなくて、バルセロナにおける重要な前衛芸術紹介の場だったんだよ。

 

赤い楕円で囲ったところが「ロカ宝石店」

 

 ガウディのように奇抜で多くの人の目をひく建築もいいけど、バルセロナにはそれと正反対のものを目指した建築だってあるんだ。しかもある時代にはそっちのほうが高く評価されてたりする。

 カタルーニャ人のなかにもガウディ嫌いの人はいる。こんな建築もバルセロナにはあるんだってのを知ってると、そういう人たちが「ガウディって悪趣味じゃん。日本人って猫も杓子もガウディ好きだよね。」なんて言う理由も理解できる気がする。

 

 それにさ、バルセロナって古代ローマ時代の城壁の名残とかミロが生まれた家とかあるわけじゃん。なにも

バルセロナ=ガウディ

 

ってわけじゃない。ガイドブックには載ってなくても、そういうの探してみるのって面白いと思うんだけどなぁ。

 

2001年12月15日


 

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◆第1回 絵画は「もの」である
◆第2回 スペイン美術ってなに?
◆第3回 ボデゴン
◆第4回 再現の難しさ
◆第5回 美術品の裏の世界
◆第6回 それ僕の!
◆第7回 星へと続く道
◆第8回 典型的なスペイン女性
◆第9回 バルセロナ > ガウディ
◆第10回 ピカソは何美術?

 

 

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