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第8回 典型的なスペイン女性

 プラド美術館で「ゴヤ 女性のイメージ」という展覧会が開かれてる。 油彩85点、素描と版画が33点の計118点もの作品が集められた大規模な展覧会。(会期は2002年2月10日まで)

 

 ま、これは俺の個人的な意見でしかないんだけど、展覧会のテーマ設定がどうしても好きになれない。 次の引用は、展覧会の意義を説明するパンフレットの一節。

 

 「女性の世紀」として知られる18世紀は、女性の解放へ向かう最初の一歩となった。これは、あらゆる方面で起こってきた変化の当然の帰結である。 18世紀は社会の中での女性の居場所を拡大させ、彼女たちを家庭から公共の場へと導いた。 芸術の世界は、芸術という単語を変化の同義語として理解し、こうした危機の過程において決定的な役割を担った。 フランシスコ・デ・ゴヤはとりわけ意識的に、こうした女性の新しい「革命的な」役割を感じ取って画面に反映させた。 しかし、ただイデオロギー的な側面から女性を崇拝するだけではなく、天才的芸術家として、[女性に対する]彼の深遠な感覚や幻想、恐怖を盛り込みながら、心理的な親近感を力強く表明している。

 

 18世紀が

「女性の世紀として知られている」

 

のかどうか知らないのは僕の勉強不足かもしれないけど、意識的に女性の「革命的な」役割を画面に反映させた画家が、どこまで本当かは別として、いろんなとこで

 

色恋沙汰

 

を引き起こしてるのは明らかに矛盾してると思うんだけど。 ゴヤの「精力絶倫」なイメージと展覧会が提示しようとするフェミニスト的な観点がどうしてもしっくりこない。

 

 当然のことだけど、ゴヤは「女性」だけを描いたんじゃない。 リベラを研究してる大学院生も言ってたけど、逆に「ゴヤ 男性のイメージ」っていう展覧会があったら気持ち悪そうでしょ? ってことは、この展覧会のテーマ設定自体、

 

逆セクハラ

 

なんじゃないかと思っちゃうんだよね。 あぁ、思いっきり毒吐いてすっきりした。

 

 

 でさ、展覧会のテーマ設定にケチをつけるのが今回のテーマじゃないんだ。 確かに展覧会のテーマ設定は嫌いだけど、さすがにプラド美術館友の会財団 Fundacio'n Amigos del Museo del Prado(←訳すと変な感じ)の設立20周年を記念する展覧会だけあって、集められた作品は質の高いものばかり。

 

 外国の美術館が所蔵しててこれまでカタログでしか見たことない作品とか、目にする機会の少ない素描なんかがずらっと並んでる。

 

 その中でも特に興味をひいたのが、肖像画《ドニャ・イサベル・デ・ポルセル》だった。

 

 理由は簡単。今年の7月、この作品についてゼミ発表やったんだよね。 つまり、作品の細かいデータを予備知識としてもってたんだ。

 作品制作の動機がグラナダ滞在の折りにポルセル夫妻に受けた歓待に対する謝意の表明にあったことや、1805年に王立サン・フェルナンド美術アカデミーで展示されたらしいことなんか、あらかじめ知ってたわけ。

 ただ、この作品はロンドンのナショナル・ギャラリーの所蔵で、これまで写真でしか見たことなかったんだ。 まだイギリスって行ったことないんだよね、残念ながら。だから、実物を見るのは初めてだった。

 

 そのときのゼミ発表の主旨とも関連してくるんだけど、実際に作品を前にして考えてたのは、これまでこの作品について記述されてきたことがやっぱり偏ってるってことだった。

  この肖像画を説明するとき、何が強調されるかっていうと、そのマハの衣装とドニャ・イサベルの強そうな容貌。 で、必ずといっていいほど「典型的なスペイン女性」っていう結論が導き出されちゃうんだよね。 いくつか引用してみよう。

  

 ドニャ・イサベルは 最も典型的な民族タイプのアンダルシア人 であった。 彼女は両腕を腰に当て肘を張って、バラ色のサテン生地に身を包んでいる。 そのサテン生地はマンティージャのひだを通して輝き、彼女は恐れもなく世界を見渡している。彼女の頬には赤いタッチが施され、そうした紅はあらゆるスペイン女性の化粧法に見出されるものである。

(Stokes, Hugh: Fransisco Goya -A Study of The Work and Personality of The Eighteenth Century Spanish Painter and Satirist. Herbert Junkins, London, 1914, p.245.)

 

 胸を張り、肩をそびやかした高慢で挑発的なポーズ、頬骨の張った意志の強そうな容貌、額に垂れかかる金髪、燃えるような黒い瞳、官能的な分厚い唇など、見るからに情熱的であり、 スペイン女性の一つの典型 を表している。

(大高保二郎/雪山行二編 『NHK プラド美術館5 革命と動乱の画布 ゴヤ』 日本放送協会、1992年、 69ページ.)

 

 衣装は、薄い上衣に黒いレースのマンティージャを羽織る典型的な「マハ」のスタイル。バラ色の頬、黒い大きな瞳、肉感的な唇と豊かな胸は、 まさにスペイン女性そのものである

(大高保二郎/木下亮編 『ゴヤが描いた女たち』 毎日新聞社、1996年、 58ページ.)

 

 スペイン女性のイメージを思い浮かべてみ。

 

それって黒髪で情熱的な感じ?

 

 確かにドニャ・イサベルの強そうな肖像画をまじまじと見てると、気丈なスペイン女性のイメージと重ね合わせたくなる衝動に駆られるのもわかる気がするんだけど、でもそれってただのステレオタイプでしょ。

 

 スペインで実際に生活してるとさ、そんなのが幻想に過ぎないってのは身に染みてわかるんだよね。 日本女性だって全員が「大和撫子」ってわけじゃないでしょ。

 つまり、ドニャ・イサベルの肖像を「典型的なスペイン女性」って言うのは、実は何も言ってないのと同じことなんだよね。

 

 ある作品について色々記述されるのはその作品が評価されてることの証だけど、その記述を鵜呑みにしちゃうのはステレオタイプに染められちゃう危険があるっていういい見本なんじゃないかな。

 

 

2001年11月25日


 

 

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◆第1回 絵画は「もの」である
◆第2回 スペイン美術ってなに?
◆第3回 ボデゴン
◆第4回 再現の難しさ
◆第5回 美術品の裏の世界
◆第6回 それ僕の!
◆第7回 星へと続く道
◆第8回 典型的なスペイン女性
◆第9回 バルセロナ > ガウディ
◆第10回 ピカソは何美術?

 

 

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