美術案内

    

第4回 再現の難しさ

その2    その1

 さて、ここから美術館の裏側の事情を想像する邪推が始まる。 一見すると七点説は魅力的な説ではあるが、実は信憑性に欠けるものだと考えられているのではないだろうか。 その根拠となるのはこの財産目録が無記名のものだったことだ。つまり誰が書いたのかがわからない怪しい代物なのである。 しかも、ピタ・アンドラーデの論文にはこの資料がどこから発見されたのかが明示されていない。

 そして実際に、エル・グレコの同時代資料が実は後世の作り話に過ぎなかったなんていう前例があるのだ。 春のある日、真っ暗な工房でジュリオ・クローヴィオを迎えたエル・グレコが、「陽の光は心の内なる光を乱す」といって散歩を断ったという逸話を伝える手紙が、実は美術史学生のでっち上げだった。 この手紙の発見には「ほとんどのグレーコ研究者がとびついた」(神吉敬三『プラドで見た夢』小沢書店、1986年、62ページ)のだそうだ。

 こうなると、出所がわからない資料に簡単に騙されないぞと警戒する気持ちはよくわかる。 そして、プラド美術館が七点説を意識しながらも結局は六点で祭壇衝立を再現した理由も七点目が失われてしまったからという単純な理由ではなくて、実はこの辺にありそうな気がする。

 どこの馬の骨かわからない男に娘をやる父親がいないのと同様に、美術館だってどこから出てきたのかわからない資料を鵜呑みにはできない。 だから、一応従来通りの六点で祭壇衝立を再現しておいて、ホームページやパンフレットで七点説に言及しておく。 確かにこれが一番の安全策である。

 果たして鍵を握る財産目録は本物なのか。 実物を見たことがない僕にはなんとも言えない。 ま、エル・グレコの専門家でもない僕が実物を見てもわからないだろうが・・・。

 祭壇衝立の問題を検討するために10月16日と17日に専門家が集まるという記事が、この展覧会の開催を報じる9月14日付のエル・パイス紙に載っていた。 「財産目録が実は・・・」なぁんて結論になったら面白いんだけどなぁ(^^;

 最後に余談になるが、鳴門市にある大塚国際美術館には、今は亡き我が恩師・神吉敬三氏によって再現されたこの祭壇衝立が展示されている。 神吉氏も六点説を主張していたため、再現された祭壇衝立も六点の絵画で構成されている。 エル・グレコに興味がある人は国際的な論争の的にもなっているこの祭壇衝立を四国まで是非見に行って欲しい。

 

2000年9月23日


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◆第2回 スペイン美術ってなに?
◆第3回 ボデゴン
◆第4回 再現の難しさ
◆第5回 美術品の裏の世界
◆第6回 それ僕の!
◆第7回 星へと続く道
◆第8回 典型的なスペイン女性
◆第9回 バルセロナ > ガウディ
◆第10回 ピカソは何美術?

 

 

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