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第6回 それ僕の!

 さて。久しぶりに書く原稿だけど、今回は特定の作品に言及するものである。 普通だったら、この作品の前で足をとめて観賞することはないだろう。 つうか、この作品のタイトルを挙げても作品のイメージが頭に浮かんでくる人なんていないんじゃないかな? それでいいんだ。 この文章を読んだあとに「その作品を見てみたい!」って思う人がいれば。

 「美術館に行くのに、作品に関する知識なんて必要ない。 感じる心があればいいんだ」なんて思ってる人はたくさんいると思うんだけど、知識があることによって見えてくることもある。 人は芸術作品の中に知っていることだけしか「見る」ことができないのである。 知識があればあるほどいろんな見方ができる。

 で、このネタの出典は1987年にソフィア王妃芸術センターで行われた展覧会『Pabello'n Espan~ol 1937 Exposicio'n Internacional de Pari's』のカタログである。 このカタログを読んだとき、あまりの面白さに度肝を抜かれたね。 だってさ、婉曲的な表現だけど、ピカソの作品がある美術館に不当に所蔵されてるんじゃないかって疑問を呈してるんだよ。 つまり、その美術館に対して喧嘩を売っているのである。

 ファシズムの台頭によって緊迫した国際政治情勢、二度の通貨切り下げに至る大不況、そんな暗い雰囲気に包まれた1937年、パリで万国博覧会が行われる。 ピカソの代表作のひとつ、《ゲルニカ》が描かれたのもこの万博のスペイン・パビリオンの壁画として展示されるためだった。

 しかし、パリ万博のスペイン・パビリオンに展示されたピカソの作品は《ゲルニカ》だけじゃない。 あの有名な壁画に加え、5点のセメント彫刻も展示されていたのである。

 万博終了後、《ゲルニカ》はいろんなところを巡回し、40年以上もニューヨークの近代美術館に展示され、すったもんだの挙げ句スペインに帰還した。 そして《ゲルニカ》同様に、そのセメント彫刻のうちの一点も万博終了後に数奇な運命を歩むことになる。

 その彫刻とは《女性の頭部》である。 この彫刻は1946年にピカソ本人によってアンティーブ美術館に寄託されたってことになってる。

 そしてずっとそこ(アンティーブ美術館)に所蔵されてきた。 カタログには1937年のパリ万博、スペイン・パビリオンに由来すると記載されている。 しかしながら、パビリオンに関するこの展覧会のために作品の貸し出しを求めたところ、アンティーブ美術館は決して外に出さないという条件でピカソから寄贈されたものであると連絡してきたのである。(171ページ、以下の引用も同ページより)

 ここまではなんの問題も見当たらない。 そっか、アンティーブ美術館にあるわけねってそれだけ。 でも、ここから先の文章から段々きな臭くなってくる。 カタログ執筆者アリックス・トルエバの意見によると、アンティーブ美術館に寄贈されたというのは、なにやら嘘臭いらしいのだ。

 この手紙には全く不思議なことに、パビリオンに展示されていた彫刻は恐らくパリのピカソ美術館に所蔵されている石膏像であるだろうと記されていた。 アンティーブ美術館のカタログにそのセメント像の来歴が明示されているにも関わらずである。

 ソフィア王妃芸術センターの作品貸し出しの要求に対して、アンティーブ美術館は自分とこのカタログに掲載されていることと矛盾する回答をしているのである。 「この作品じゃないよ」って。 そして、この嘘臭さは別のところからも臭ってくるのだそうだ。

 また、この美術館に対する当て擦りは、我々だけのものではないようだ。 キャサリン・グリーンバーグはその研究の中で、この件に関して資料を求める手紙をアンティーブ美術館に何度も書いたが、一度も返事をもらっていない事実を記している。

 これに続く文章には度肝をぬかれたね。 アンティーブ美術館に対して本気で喧嘩を売ってるよ。うひゃぁぁぁ。

 我々が考えるに、大胆に思われるかもしれないが、ピカソは一時的に寄託しただけで、美術館はそれらの彫刻を自分のものにしてしまったのである。 少なくとも、これらのセメント像制作のために共和国政府による支払いが行われたことを明らかにする書類が発見された今、所有権について詳細な分析をする必要があるだろう。 我々はこの問題が決着することを期待している。

 これに対してアンティーブ美術館がどのような見解を発表したのか、残念ながら知らない。 何らかの反論をしたかもしれないし、無視してたかもしれない。

 この彫刻、《女性の頭部》が今でもアンティーブ美術館にあるんなら、実物を見に行ってみたいなぁ。

 

 

2001年3月1日

 


 

 

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◆第1回 絵画は「もの」である
◆第2回 スペイン美術ってなに?
◆第3回 ボデゴン
◆第4回 再現の難しさ
◆第5回 美術品の裏の世界
◆第6回 それ僕の!
◆第7回 星へと続く道
◆第8回 典型的なスペイン女性
◆第9回 バルセロナ > ガウディ
◆第10回 ピカソは何美術?

 

 

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