la cara
005 Enero / 2001

 

 今回登場していただくのは、バルセロナ在住のミチエさん。 ご主人の転勤に伴い、まだオムツの取れない美欧(みお)ちゃんの 手を引いてバルセロナに越してきたのは、1996年の夏でした。

 "美しい欧州"を意味する美欧ちゃんは、その名の通り、豊かな 自然に囲まれたイギリスはウェールズの生まれ。ミチエさんは 日本で結婚をした後、イギリスで海外生活をスタートさせ、やがて その場をスペインに移したのです。

 異なる国での海外生活、出産、育児……。 ミチエさんの目に、スペインとバルセロナは、どのように映って いるのでしょうか。



 最初に、ご主人の海外赴任を聞いた時の心境は ?

 夫は海外赴任を希望していたようですが、こんなに早く決まるとは思っていませんでした。社内結婚をして、一緒に働いていたのですが、入社して6年、それなりに会社生活も充実していましたし……。「会社を辞める」という現実に、あらためて「サラリーマンの妻!」を実感しました。
 実は、夫も私もお恥ずかしながら(?)、新婚旅行先のニューカレドニアが初めての海外旅行で、そのあともツアーでアメリカ西海岸に旅行したくらいでした。夫は夫で、ヨーロッパに足を踏み入れたのが、イギリス着任前日……。(太っ腹な会社でしょう!?) 私自身、言葉がわからないという怖さも、海外で「生活する」という怖さも全く知りませんでしたし、やはり、若さでしょうか。二人ともまだ20代……、なんでもできる気がしていました。


 イギリスでの生活の様子は ?

 ロンドンから西に約250キロ。ウェールズの首都、カーディフまで車で30分の、小さな小さな田舎町でした。遠くに羊の鳴き声が聞こえ、外はいつもしーんと静まり返っています。「車を運転するときは、人より羊に気をつけて」と、冗談のようですが、こう言われていました。当時は大きなスーパーも近くには一軒しかなく、マクドナルドのハンバーガーを食べに、カーディフまで高速で30分走る……、という世界でした。
 それでも、その土地に昔から住んでいるイギリス人は、私たち日本人をとても暖かく迎えてくれました。日本人の奥さん同士も「何にもないけど、がんばろう」というようなところもあり、みんなとても仲良しで楽しかったです。
 結局、ちょうど丸5年をそこで暮らすことになりましたが、妊娠して出産をして、初めての子育てをスタートさせて……と、生涯忘れることのできない大切な思い出の地となりました。


 イギリスの生活に慣れた頃、今度はスペインへ。その時の率直な心境は。また、スペインの印象はどうでしたか ?

 5年前に比べて、今度は夫と二人ではなく小さな子どももいましたし、30歳も超え(?)、ある程度は海外生活の厳しさも経験していたので、また一から頑張れるかなと思いました。
 ちょうどその2年前、イギリスから旅行でバルセロナに来て4泊もしたことがあったので、まったく知らない土地でもなかったのですが、スペインでこんなに英語が通じないなんてそのときはわかりませんでした。(知らないことは怖いけど、今から思えば知らないほうが良かったかな?)
 旅行で短期間滞在するのと、その土地に住んで生活することは、全く違うとあらためて思いました。乾いた大地、照りつける太陽、どこまでも続く青い空……というイメージが強く、「スペインに冬なんてない」と勝手に思っていましたが、ちゃんと雨も降るし、冬は寒かったです(笑)


 現在お住まいの地区は、『バルセロナの丸の内』と言われるところとか。ウェールズでの小さな田舎町での生活と比べて、どうですか ?

 英語が通じない。言葉がわからない。外がうるさい。犬のフン……。「同じヨーロッパでも。こんなに違うの?」と、すべてがカルチャーショックでした。また一歩外に出ると、スーツ姿にアタッシュケースを持って携帯電話片手にさっそうと歩いているスペイン人がいて、とてもすっぴんにジーパン姿で歩けような環境ではありません(笑)。それが、最初はとても息苦しくて……。
 芝生の緑いっぱいの広い庭のある一戸建てから、ピソ(マンション)の生活。見渡す限りなにもなかった景色から、周囲はピソばかりで部屋の窓からオフィスで仕事している人の姿。まさに、田舎から都会のど真ん中にでてきたようでした。スペイン人も、思ったほどfriendlyでkindlyではなかったですし……。
 5年前の赴任当時のように、空の月をながめては、「日本のあの人もイギリスのあの人も("あの人"なんていませんよー)同じ月を見てるのかな……」なんて、泣きそうになったこともありました。

 でも、さすがに都会の便利な生活に慣れるのはとても早かったです。歩いて数分のところになんでも揃うデパートがあり(カーディフにあった2階建てじゃなく!)、歩いてディズニーストアーだろうがルイ・ヴィトンのお店にまで行けちゃう。パスポートの更新だって、1日がかりじゃなくて、歩いていける。空港だって、飛行機を降りてから30分で家に着く場所にある。そして、狂牛病騒動で一切牛肉を口にしてなかったのに、牛肉が食べられる。「すごいぞ、すごいぞ!!」の連続でした。


 バルセロナで使用されるのは、"catala'n"(カタラン)と言われるカタルーニャ語ですね。なにかご苦労などはありましたか ?

 バルセロナでは、公共のもの(電気、ガス、水道関係)、銀行、公立の学校は、全てカタランが使われています。カタランというのは、普通皆さんが言われているスペイン語とは全く違う言語で、どちらかというとフランス語に近いと言われています。

 そんな中、当時2歳半の娘を現地の幼稚園に入れることにしたのですが、先生もお友達もみんなカタランで……。遠足のお知らせがくると、プライベートのスペイン人の先生に、カタランからカステジャーノに直してもらって、それでもわからなければ英語に直してもらって、と大騒ぎでした。
 一生アルバムに残る苦い思い出は、年に1度のクラス写真。娘一人が真ん中で、冬用のジャージを着て笑っています。どうも、夏用の半袖の体操着を着てくるようにというお知らせがあったようなんです。

 娘は、学校では英語、お友達とはカステジャーノ、週に2時間はカタランの授業、家の中では日本語と、彼女なりにきちんと使いわけて話します。でも、この国では大人になるときちんとカタランとカステジャーノを話せるのが当たり前のようで、少々多言語を話せても、そう驚かれることはないようです。


 ミチエさんが感じる、バルセロナのいちばん素敵なところは ?

 ラテン系特有の、小さいことなんて全く気にしないで、いつでもどこでも誰にでも、"Hola!" − とても大らかなバルセロナの人たちです。そこそこ都会で、そこそこおしゃれで。ガウディ、ピカソ、ミロ、そしてダリ……と偉大な芸術家たちに触れることもできて、スペインを代表する(?)フラメンコだって闘牛だって見られるところです。
 大きい街ではないので、地下鉄やバスを使ってどこにでも行くことができます。冬は寒いと言いますが、息が白くならないし、家の中では暖房なんてほとんど使うことがありません。夏には連日30度を越えますが、からっとしているので、1日中エアコンなんて必要ありません。
 新鮮な魚介類をふんだんに使ったスペイン料理は美味しいし、日本食が恋しくなったら、日本食レストランもたくさんあります。
 車で20分も走れば夏は海水浴ができ、冬には2時間も走ればピレネーのふもとでスキーができます。
 それに今はユーロ安なので、円に換算すると物価がびっくりするくらい安く感じるかもしれませんね(笑)。

 そしてバルセロナを訪れたら、一度ティビダボの丘に上ってみてください。
 バルセロナの町が一望でき、遠くに地中海が見えます。世界が変わりますよ、きっと……。


 最後に一言、お願いします

 あと2年もすれば、きっとバルセロナを離れて、違う国で生活していると思います。現在7歳の娘もきっと、大の仲良しのアナちゃんのことも、初恋のカルロスくんのことも、日本に帰国すればスペイン語だって、おそらく英語までもすっかり忘れてしまうでしょう。時間はかかるかもしれませんが、少しずつ、普通の日本人の子どもになってしまうでしょう。

 でも、幼い頃、言葉がわからない中に一人ぽつんと入って、なんとか相手をわかりたい、伝えたいと必死で頑張ったことが、娘の将来の大きな宝物となればと思います。

 そして、いつか娘が大きくなって自分の生まれたウェールズの田舎町、そして幼少期を過ごしたここバルセロナに行ってみたいと言ったら、ぜひ家族3人で訪れてみたいなと思います。


 イギリスから始まったミチエさんの海外生活は、今年で10年目に なります。スペインに越してきたばかりの頃は、イギリスでごく普 通に売っていた「はかせるオムツ」がまだ入手できなかったため、 ご主人が出張のたびにイギリスから美欧ちゃん用のオムツを買って きていた− それから5年が経ち、美欧ちゃんがカタランを喋るよう になって……。

 これまでインタビューさせていただいた方とは異なり、自らが選 んだわけではない国で、小さなお子さんとともに暮らす。その苦労 は、私には、想像できないものがあります。でも、だからこそ、ミ チエさんの一言一言が心に染みるようでした。

 美欧ちゃんが再びスペインを訪れ、ティビダボの丘に上った時、 バルセロナの街はどのようにその目に映るでしょうか。「お母さん、 楽しかったよね!」 そう言ってくれるくらいに、ここスペインで、 楽しい思い出がもっとたくさんできますように。



 

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