004 | Noviembre / 2000 |
スペイン miniQ&A
日本とスペイン、どちらが暮らしやすい? :スペイン。カセ・スペイン式では1日100円で、下のメニューが食べられる。これ、日本ならいくらかかります?(笑) なおご希望の方には赤ワインを1杯つけても、さほど予算はオーバーしません。 日本とスペインの、いちばんの違いは? :社会資本の蓄積量。ストックとフローの差を、強烈に感じます。回教寺院やアルハンブラ宮殿を見てください。素晴らしいですよね。 |
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加瀬 忠 (KASE TADASHI) 1941年、千葉県出身。学生時代は箱根駅伝に出場、キャプテンで4位入賞。中学校社会科教諭、校長職を経て、94年より3年間、「マドリッド日本人学校」校長として赴任。いったん帰国後、99年に再渡西する。「在スペイン日本国大使館付属マドリッド補習授業校」校長。 |
明確なビジョンを持ち、それに向かって邁進する人の姿は、見るものを心地良くさせる。インタビューを通じて加瀬さんから受けた爽やかな感動は、まさにこの種のものであった。定年まであと少しというところで、"安定した生活"の代表格である中学校校長職を依願退職し、スペインへ。並々ならぬ決意と行動なのに、気負うことなく「毎日、豊かな気持ちで生活を送っていますよ」と言い、「闘牛、大好きなんですよ。これが始まると、仕事が手に付かないんですよね」と相好を崩す。「ちょうど昨日まで、今住んでいるラス・ロサスの秋祭りで牛追いがあったんです。毎日毎日追っかけて、そして最前列に座って闘牛を見ましてね」 優しい笑顔が満面に広がる。 地理を専攻していた学生時代、なぜか"ラテン文化"に憧れていた。趣味のギターで奏でるのはナット・キング・コールやトリオ・ロス・パンチョス。愛読書はヘミングウェイの作品、パンプロナの牛追い祭りのシーンがとくに印象的だった。 そんな頃から、加瀬さんにはふたつの明確な夢があった。箱根駅伝出場と、中学校の社会科教諭になること。両方を実現させて教諭職に就くと、次のビジョンを描く。20代で運動部指導、30代で生徒・進路指導、40代で管理職として学校運営、50代からはその延長線上として海外子女教育に取り組みたい。同期の教諭でもある夫人、また娘さんたちにも、ごく日常的な会話の中でその夢を話し続けてきた。 着実に夢を現実に変えてきて、92年、ついに在外教育施設派遣のチャンスが巡ってくる。ためらうことなく申し込んだ。この派遣先は選べないのだが、運良く学生時代から憧れていたスペインとなったという。こうして初めてスペインを訪れたのは94年、53歳の時。文部省派遣による、マドリッド日本人学校校長としてであった。翌年からは補習授業校校長も兼ねての、スペイン生活が始まる。
誰に対しても親切で陽気なスペイン人。近所の人も、何かと助けてくれる。日本で馴染みの食材を用いた食事にも、すぐに馴れた。ワインは美味しいし、闘牛は素晴らしい。住んでいるラス・ロサス周辺をジョギングすると、グアダラマの勇壮な山々など、心を洗われるように美しい景色が広がる。愛してやまないヘミングウェイゆかりの地をこうして走っていると、疲れなんて吹き飛んでしまう。憧れのスペインは、実際にも素晴らしい地であった。 3年間の赴任が終わり日本に帰国。家からもほど近い中学校にあと3年通えば、定年を迎える。経済的にも社会的にも、まさに安定した生活。そこに、マドリッド補習授業校に来てくれ、という熱いラブコールが届く。周囲は猛反対。それでも、時間をかけて家族を説得し、安定を捨ててスペインに来る途を選んだ。「人生第三楽章を始めようか、と」 そして加瀬さんは穏やかに「幸せの条件って、3つあると思うんです」と話しはじめた。 「1つめは、健康。2つめは、そんなに豊かでなくて良いから、生活に困らない程度の収入。そして3つめ、毎日朝起きた時に、今日する仕事があるということだと思っているんです。この3つめ、"仕事"というのは、いちばんやりたい仕事ですよ。じゃあ何をいちばんやりたいか、と考えたら、それはライフワークである海外子女教育。まだやり残した仕事がある、と感じたんですね」 たゆまぬ努力により、次々に夢を実現する。素晴らしい人生ですね、と言うと、「そんなカッコ良い話じゃないですよ。何度も何度も挫折して、立ち直って、その繰り返しだけです」と、笑いながら首を振った。「気力と体力、いつも『何がやりたいのか』という自問自答をすること。そして常にマインドは前を向いていることですよね。そうじゃないと、仕事はできないですから。それだけです」 補習授業校の父母から厚い信頼を受け、また児童数も増加し、傍から見ればすでに素晴らしい成果を上げている現在。それでも加瀬さんは、状況に満足しているわけではない。ライフワークと位置づける海外子女教育。その一環として、コンピュータやインターネットを中心に据え、より包括的・複合的に、国際理解教育に、もっと大きなことに取り組みたい。マドリードだけではなくもっと広い範囲で、そして時間の許す限りいろんな人に会いたい。ボランティアで続けている初級日本語講座などもある……。「やる仕事がいっぱいあってね。1日が48時間くらい、欲しいなぁ(笑) ゆっくりと音楽を聴いたり食事をしたりする時間は削れないから、睡眠時間だけがどんどん少なくなってしまうんですよね」 ところで、加瀬さんのように、40代・50代になってからのスペイン移住を考えている人もいるのではないだろうか。経験者としてのアドバイスを求めると、「言葉と健康の問題は当たり前のこととしてクリアしたという前提で」と断った上で、労働許可や居住許可の手続きの煩雑さを挙げた。「専門家に頼んだ方が良いかもしれません。事前に東京の大使館などで必要な情報はすべて集めて、最大限の用意をしておくことが大切ですね」 生活面での問題は? 「一般性があるかどうかわかりませんが、まったくなかったですね。こちらの方が、日本よりも住みやすいから(笑)」
また、両親の仕事の都合などで、小さな子どもと一緒にこれから海外に移住する家族や、国際結婚の家庭などへのアドバイスもうかがった。「健康や適応の問題はついてまわりますよね。小さなお子さま連れなら、何か必ず問題が起こるという前提で準備をしてください」 今回の記事にHPとメールのアドレスを掲載しても良いですか、と訊ねると、加瀬さんは「もちろん。よろしくお願いします」と快諾をしてくれた。「いろんな人たちにアクセスしていただき、わかるものは全部情報提供をする、それが私のコンセプトだから。物理的に、時間の許す限りやりますから。……寝ないでやることが多いよ。ホームページ更新する時なんて、何時間も寝てないんだから(笑)」
【幸せの条件 その1】 健康。夫人は元体育教師。それに毎日夕方、ラス・ロサス周辺をジョギングしている。夕陽が沈む先に、グアダラマの山々が聳える。澄んだ空気の中を、羊飼いに連れられた羊の群れが通り過ぎる。いちばん好きな光景だ。 加瀬さんの笑顔は、見ているこちらの気持ちまで楽しくさせる。幸せでいることは、決して難しいことではない。健康と美味しいビールと、自分がしたいことに前向きに取り組むこと。勇気と元気を与えてくれたインタビューだった。
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