JOANのカタコト

 

 

8.テニス選手

 テニスのデイビスカップで、スペイン男子チームが歴史上はじめて優勝しました。 それも30年以上前に決勝で敗れた因縁のオーストラリアに勝っての優勝なので、古いファンには感慨もひとしおでした。 試合が行われたのがご当地バルセロナだったことも、より一層ゲームを盛り上げたようです。 最近では優秀な選手が数多く活躍していたのでスペインの勝利は実力的にも当然ともいえますが、実はスペイン人テニス選手の多くはカタルーニャ語圏の出身だということは国際的にはあまり知られていないかもしれません。 その活躍する選手達をスポーツとは別の民族の視点で見ていきます。

 女子のエースはもちろんアランチャ・サンチェス選手をあげなければなりません。 彼女はもともとマドリード出身の両親から生まれましたが、幼いころからバルセロナに住みそこでテニスの勉強もしたので、カタルーニャ人であることを少なくともバルセロナにいる時には積極的に示しているようです。 カタルーニャ語放送のゲストとして、スポーツと関係のない色々な番組に出演する彼女の姿は、カタルーニャが産んだ世界のスター選手といった風情です。 でもその一方でオリンピックや色々なカップにスペインを代表し、スペインの旗のもとに戦うことに彼女はまったく抵抗がない様で、国際的にはスペイン人のテニススターであることに満足しているようにも見えます。 つまり、彼女にはあたかもアイデンティティーの使い分けがあるようで、カタルーニャにいる時のみカタルーニャ語を使いカタルーニャ人として生きているのに、一歩外に出るとスペイン人になりきっています。 そして税金対策とはいえ、書類の上ではピレネーの小国アンドラの住人ということになっているのです。 良く言えば、国際人ということでしょうか。

 アランチャと並び世界的に活躍しているコンチータ・マルティネス選手は、アラゴン州の出身でテニスの才能を伸ばすためにバルセロナに住むようになりました。 彼女の母語は多分カスティージャ語でしょうが、インタビューにもなんとか応じられる程度のカタルーニャ語を話します。 普通ある年齢に達してしまうとバルセロナに住んだというだけではなかなかカタルーニャ語を覚えられないものなのですが、彼女は何か積極的にカタルーニャ人になろうとしたか、あるいはカタルーニャ人に強く親近感を覚えていたのかもしれません。 アラゴン州はカタルーニャ州の西となりに位置していて、両州は歴史的に深いつながりがありますが、それが現在でもアラゴネス達の生き方に多少なりとも影響をあたえているようです。 本来カタルーニャ人ではないコンチータは、もちろん抵抗なくスペイン人選手として活躍していますが、彼女の態度にはカタルーニャに特別な思いがあることがうかがえます。

 さてデイビスカップ男子で決勝戦に出場し優勝をもたらしたのは、アレックス・コレッチャ、アルベルト・コスタ、ジュアン・バルセイス、フアン・カルロス・フェレーロの4選手でした。 このうち前の3人は生っ粋のカタルーニャ人で、国際的にもスペイン人としてよりもカタルーニャ人として知られたいと発言するような、典型的なタイプだと思います。 今回のチームもほとんどの選手がカタルーニャ人なのにスペインの旗のもとに試合するのは少なからず抵抗があるようで、コレッチャ選手は今回勝った試合の後に、テニスコートでカタルーニャの旗を持って声援に応えていたのも象徴的でした。 もっともテニスというスポーツは、あまり国籍とかが問題にならない個人技の優劣を競うゲームなので、全体としてそういったことはあまり話題にはならないのですが。

 その決勝戦出場4選手の一人フアン・カルロス・フェレーロ選手は、カタルーニャ語圏の一角バレンシア州にある小さな村オンティニェントの出身です。 まだ20歳ですがここ1年で本当にメジャーになった、テニス界のホープなのです。 最初カタルーニャ語メディアでは、彼のことをジュアン・カルラス・フェレーロと呼んでいたのですが、いつの日からかフアン・カルロスとカスティージャ語綴りと読みが採用されています。 たぶん本人がそう呼んで欲しいと要求したのだろうと思いますが、これは非常に珍しいケースです。 先日のデイビスカップ後のインタビューでも「自分はバレンシア出身だが同時にマドリード出身でもある、何故なら父親もコーチもマドリードの人だから」と発言し、「国王の前で良い試合ができてうれしい」とか、「アスナール首相に会えるのが楽しみだ」とか他のカタルーニャ人選手が絶対に口にしないような台詞を次々に言ってのけました。 バレンシアなまりのカタルーニャ語を話せるのに、他のカタルーニャ人選手達との会話には「カスティージャ語しか使わなかった」と言って、 「カタルーニャ語は一つ」だという考えに冷水を浴びせました。

 今回決勝戦には出場しませんでしたが、カタルーニャ語圏マヨルカ島出身のカルラス・モヤ選手もオーストラリアオープンでの活躍など、現在のスペインを代表する国際的選手の一人です。 パルマ出身の彼は、マヨルカなまりのほとんどないカタルーニャ語を話しますが、かつて「自分はカタルーニャ人であるよりもスペイン人であると感じる」と発言したり、優勝したらスペインの旗ではなくマヨルカの旗を振って欲しいというバレアレス州知事の要請を断ったりもしました。 バルセロナでカタルーニャ人選手達と一緒にトレーニングしていて、彼らと緊密な関係を保っているのにもかかわらず、カタルーニャ語を使うスペイン人選手というスタンスを採っているようです。

 以上何人かのテニス選手達の姿を見てきましたが、カタルーニャ語圏の現状が彼らの生き方に反映しているのが分かります。 まず基本的には、どの選手もスペイン人選手として試合をすることを拒んではいないこと、他に方法がないのだから当たり前なことですが。その上で、カタルーニャ州出身の生っ粋のカタルーニャ人選手達は、何とか自分達のアイデンティティーを国際的にも知ってもらおうと努力するし、親は違うけど自分はカタルーニャ人というケースには、ある種アイデンティティーの使い分けが存在します。 一方隣のアラゴン出身の選手はカタルーニャへの親近感を示すのに対し、カタルーニャ語圏出身でカタルーニャ語を使えるバレンシアの選手は完全にスペイン人選手であろうと反カタラン的態度だし、同じくバレアレスの選手はその中間で使う言語はカタルーニャ語だけれどスペイン人だというちょっと曖昧な状態なのです。

 テニスの良さの一つは前にも書いたように、国籍とかにしばられない個人同士のゲームだということです。 マルチナ・ヒンギス対モニカ・シェレスに、スイス対アメリカという国の対戦という意味を持たせることはほとんど無意味でしょう。プロのテニス選手に求められるのは強いことと良い試合をすることです。 後ろにスペインの旗があろうとカタルーニャのそれがあろうと、ゲームに強くなければ誰も相手にしてくれません。 ここに登場した「スペイン人」選手達にも、そういう意味でも今後より一層の健闘を期待します。そして大きな大会に優勝したら、自分のアイデンティティーの旗を振り、インタビューで自分は何人であるかを大きな声で叫べば良いのです。

 

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