JOANのカタコト

 

 

10.マヨルカ殺人事件

世紀の変り目の2001年早々に、バレアレス州マヨルカ島で4日間に3件の殺人事件がたて続けに起こりました。地中海に浮かぶリゾート島マヨルカは年に何百万人もの観光客を受け入れ、治安もそれほど悪くなく普段はわりと平和な所なのです。ここではこれらの事件を通してマヨルカがかかえる社会問題の一端を見ていきたいと思います。

事件1:一人暮らしの50代の女性Aが、自宅で何者かによって刃物で惨殺される。
事件2:半焼した住宅から男性BとCの焼死体が発見されるも、捜査の結果死因はピストルでの射殺と判明する。
事件3:49歳の男性Dが29歳の女性Eを刃物で刺した後、家に火をつけ重度の火傷も負わせ死亡させる。

さてこの3つの事件に共通しているの何でしょうか。どれも殺し方が残虐なのはさておき、事件3の被害者Eさんを除いて他の登場人物はスペイン人ではなく全て外国人だったのです。ではそれぞれの事件にはどういうウラがあるのかを考えていきます。

事件1の被害者の女性Aさんは、長年マヨルカに住むドイツ人で最初医者だと報道されましたが、実は薬剤師の免許しか持っていなかったのに偽医者として医療行為を行っていたようです。マヨルカに住むドイツ人の数は1万人以上といわれていますが、正しい数値は誰も把握できないのです。それは現在ドイツもスペインも同じEU内の国なので、移り住むのに居住許可とかはいらない上に、季節的に2つの国を住み分けているケースも多く、住民登録されていない住人の存在が実態調査を困難にしています。

マヨルカでは長年にわたるドイツ人の増加に伴ない、ドイツ人だけを相手にした色々なサービスが必要となっていたという事情があり、Aさんが免許をもたずに医療を施していたのは、そういった需要と供給の産物だったのもしれません。もっとも最近ではドイツ人専用病院とかも登場したので需要が減ったのか、彼女はあまり医者としての仕事はしていなかったようです。その代りの収入源なのか近年は不動産業に手を染めていたようで、家を買い取ってきれいに直し同胞に売って暮らしていました。殺された時に住んでいた島西部の豪華な住宅も前の自宅を売って最近入手したもので、将来的には他人に売る商品でもあったようです。

過去に3回結婚していたAさんは一人暮らしだったのですが、事件の直前に付き合っていたドイツ人の恋人が別れて国に帰ってしまうという出来事があったそうです。犯人は捕まっていませんが殺人の動機は、島の狭いドイツ人社会の中での愛憎問題か金銭問題のもつれではないかといわれています。

事件2の被害者BとCは中国人で、どうやら麻薬の取引に関係していたようです。この事件が起こったのは主都パルマ・デ・マヨルカ郊外のジプシー達が多く住むちょっと荒んだ地帯で、火事の通報で駈けつけた消防や警察の人も最初は、被害者はジプシーではないかと考えたようです。ところが検死や近くに停めてあった車の持ち主が中華料理屋のオーナーだったことから、被害者が中国人だとわかり、あくまで推論として麻薬取引をしていた彼らが何かの復讐のような理由で殺されたのではないかといわれています。

マヨルカに限らずスペインに住む中国人の生業は、書類の上ではほとんどが中華料理屋か輸出入に関係しているのですが、裏の稼業もけっこうあるようです。バレンシアには強力な中国人マフィア組織があって、各種書類の偽造や密入国の手助けをして同胞からお金を稼いでいます。と同時に麻薬類の密輸も重要な資金源で、何度か摘発もされていますが消滅することなく続いているようです。密輸されたヤクがどのように末端に流れるのかは知りませんが、以上の理由から中国人の売人がいても不思議でないわけです。

BとCのどちらか一人は書類上の不法移民だったようで、移住許可のない人が違法なことをしていた上に殺され、闇に消え去ってしまうところだったのです。加害者が何人だったのかは今のところ分らないのですが、同胞の仲間割れによる犯行の可能性も大なのです。同じアジア人として彼らの存在はあまり嬉しくはないのですが、日本と同様アジア系外国人による犯罪が増えていることも否定できない現実です。

その一方で観光客の多いマヨルカが、麻薬の一大市場となっているのもこの事件の背景で、中国人以外にもロシアマフィアや南米マフィアが麻薬取引に関わっているといわれています。

事件3の加害者の男性Dはモロッコ人で、15年以上にわたってマヨルカ島に住んでいました。最近のモロッコからの労働者の増加に対応して、同胞を相手に加工食品を製造販売していました。被害者の女性は20歳も年下の女性ですが、ただの知合いを越えた男女の関係が有ったかその一歩手前の状態だった様です。彼女は結婚していて7歳になる娘もいたのですが、もともとDとは家族を通じて親しい間柄だったようです。

事件の際には近所の人が口論を聞きつけていたので、喧嘩から発展した衝動的殺人だったのかもしれません。Dは独身だったのですが、火をつけた時に自分も火傷を負ったところから、愛人との実らぬ恋のための無理心中だったのかもしれないという仮説もあります。

モロッコ人の多くは農業や建設業の労働者として、独身であるいは妻子と離れてスペインにやって来るケースが多いのです。男の人ばかり10人とかで小さなアパートに住んで、お金を貯めることだけを考えて暮らしています。後から来た人達はことばもできないので、先に来ていた人が仲介人となり通訳となり面倒をみるのです。スペイン語が堪能だったDもたぶん、モロッコ人社会の中で良い世話役だったのかもしれません。しかしながら、これは想像ですが女性関係においては、あまり幸せな過去ではなかったのかもしれません。

さて3つの事件に共通するのは何だったのでしょうか、もう一度同じ問いです。登場する外国人とは、インテリでお金持ちのドイツ人、不法マフィアの中国人、スペイン人を愛人にもつモロッコ人でした。

国も境遇も様々で共通することなどないようです。でもマヨルカに住んでいながら、彼らは自分の出身国のコミュニティーで生きている点が共通なのです。ドイツ人社会は引退して老後を過ごす人とそれをささえるサービス業、華僑の伝統のある中国人社会は中華料理屋の裏での闇の稼業、モロッコ人社会は肉体労働者とそれをささえる食品販売。つまりマヨルカでの彼らの生き様は、同胞とのコンタクトがあってのものなのです。

殺人事件は殺人事件でどこにでもあるし、それはそれぞれに動機も有るし、たまたま連続して起こることだってあるでしょう。マヨルカのこの3件の殺人は、それぞれが無関係に起こったものだったのはいうまでもないことです。でも私はマヨルカ社会の不思議さをその中に見たことも事実です。

マヨルカはもちろんカタルーニャ語圏にあります。そして他の地域同様にカタルーニャ語とカスティージャ語をめぐる言語問題も存在します。けれども、いくつもの外国人コミュニティーはほとんど自分の言語だけを使って暮らしていて、地元の人との限られたコンタクトもカスティージャ語のできる人に頼っているのが現実です。そこはカタルーニャ語圏だと主張するのが、ほとんど意味を持たなくなるのではと思われるほど、現実のマヨルカ社会は多民族化・多言語化そして多様化していることを、この「連続」殺人事件は暗示しているかのようです。

 

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