JOANのカタコト

 

2. バスク問題

 2000年の夏前からバスク地方のテロリスト集団ETAの活動が再活発化しました。 カタルーニャ語圏においてもテロリストの暴力行為に対して、それをあからさまに支持をしている人は一人もいないと思います。 けれどもこのバスクの問題に関しては、スペイン中央のマスコミとカタルーニャ州のそれの間にはかなり大きな温度差が感じられます。

 バスクとカタルーニャの共通点は色々とあって、スペインの中のマイナー言語民族であると同時に、フランスとの国境線の向こう側にも同じ民族が住んでいます。 そしてまた単純にいいきれることではないですが、反フランコ・反ファシズムでお互いに助け合い戦った過去もあります。 そして近年におけるスペイン経済発展の原動力の両翼である点も類似しています。 まあもっと簡単には、共通の敵を持ち利害がぶつからないので、ある程度の親近感を長年持ち続けているといえるでしょうか。

 例えば、以前バルサにバスク人の選手が多かった時期があったのですが、あまり問題にはされなかったようです。 ところが近年EU統合にも関係してオランダ人の選手が多くなると、バルサのカタルーニャ民族性の喪失であるかのようにマスコミもファンも非常に批判的でした。 同チームの選手だったバスク人バケロ氏は、引退後もバルセロナに住みカタルーニャ語をマスターして地元の人からとても親しまれています。 スペインの他地方出身者にはそういう人は少ないのに、カタルーニャ人とバスク人とはどこかしら馬が合うのか、そういうことが普通に見られます。

 バルセロナでは一般のためのバスク語講座もいくつか開かれ、バスク地方以外でその独特の言語が世界一学び易い場所という評価を受けています。 スペインの公用語は4つあるといえども、カスティージャ語以外のことばをその使われていない地域で学ぶことは、決して易しいことではないのです。講座もなければ、辞書や参考書も手に入りにくいものなのです。

 さて、カタルーニャのマスコミは「バスクの問題」といういい方を意識的に避けているようです。 例えば「バスクの未来」「バスクの平和」といったいい方が好まれています。 つまりバスクに問題があるのではなく、バスクを受け入れないスペイン中央の側に問題があると考えているのです。 もちろんETAの暴力による革命・独立を支持しているのではないのですが、中央政府側がバスクを一民族だと認め、その全体としての要求・願望に対しての一定の理解を示してきたのなら、今日の血生臭い状態にはならなかったのではないかという思いが、その論調を形作っているようでもあります。 特にETAが休戦中の1999年にはその絶好のチャンスがあったので、そういう思いも強いのでしょう。

 それはもちろん、バスク民族のところをカタルーニャ民族に置き替えても同じことなわけで、カタルーニャを一つの民族だと考えて欲しいという要求の裏返しだともいえるのです。 現在のPP政権には、スペインの中に違う言語を使う人がいることを認めているだけで、それがスペイン民族ではない違う民族だという認識はまったくないようです。 つまり古くからスペインに住んでいるのは、すべてスペイン人だというのを前提にしているわけです。 言語の違いは認めるけれど民族の違いは認めない、このことが多くのバスク人を怒らせ、カタルーニャのマスコミがマドリードとちがう論調をとる主原因なのです。

 各国のマスコミの多くは、マドリードから流される報道を再構成してスペイン関係のニュースを作っています。 だからETAが何かするたび毎回毎回「スペインのバスク問題」が世界に発信されます。 でも「バスクのスペイン問題」についての報道はほとんどないでしょう。 バスクといえばETA。 ETAといえばテロ。 バスク人が皆テロリストで、バスク地方がとても危ないところであるかのような印象をあたえてしまう原因は、ここらあたりにあるような気がします。 そしてそれが他人事ではないカタルーニャにも、あまり世間には知られない「カタルーニャのスペイン問題」があるのです。

 

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