MIHOの育児日記 


【 前の日記 】【 トップに戻る 】【 次の日記


2001年8月11日  日本への旅
アイスクリームを食べるやいさ

暑いマドリードを抜け出し、ますます不快指数の高い日本に行くことになった。でもでも、リラックス指数が高いから、湿度なんて、とんでいけーっていう気分である。

子連れの飛行機も、かなりの難問でもあります。スペイン-日本間の直通がないので、待ち時間も入れるとかなり時間は余分にかかってしまいます。行きはトータル16時間+時差ボケで、親も子供もくたくたです。

今回はJALを使ってみました。ファミリーサービスがかなり充実していて、空港の移動も係員さんにお任せで、楽でした。ロンドンでの、乗り換え時も、VIPルームが使え、搭乗前に呼び出しもしてくれるし、子連れも最初に乗せてくれるしで、小さい子を連れているお母さんには一番よいかもしれませんね。

やいさは、もう2歳半を過ぎたので、公共交通機関での移動はかなり楽になりました。でも、2歳を過ぎると、大人の航空運賃の半額以上を払わないといけないので、出費は痛いけれど、座席も子供分を確実に確保でき、荷物も2人分の重さを預けられるので、心の余裕はできます。
私の経験上、1歳半くらいの子連れ旅行は、キツイと思います。子供も勝手にどこかへ、行ってしまうし(動きたがる)、ベビーカーも、なんとなく必要だし、運賃を払わない分(保険のような感じで、10%は払うのですが)、席も満席だと、ひざの上になってしまうしで、親がかなり疲れると思います。
スペインの医者では、小さい子の睡眠薬の処方をしてくれるようです。 私は使ったことがないけれど、親にとっては便利なものですね。

と、無事日本に到着し、小食のやいさが、日本食の食べっぷりには驚くほどの大食いちゃんになっています。いいことだ。どうやら、スペイン料理より、日本料理が好きみたいです。

日本語もスペインにいたころから話せたのだけど、発音がかなりしっかりしてきました。 たった2週間なのに、さすが子供、飲み込みが速いです! でも、パパからの電話では、しっかりスペイン語を話します、驚き! 最近は記憶力も、しっかりしてきて、過去にあった出来事も語ります。悪いことはできないですね!




2001年6月24日  とうとう出産! (98年12月21日)
2才半のやいさ前夜はレオンからグラン・カナリアまで、駆けつけてきてくれた義母とダンナとトランプなんかして遊んでいて、陣痛のなにもなかったのに、(ちょっとお腹は張っていたけど・・・)午前3時36分ごろトイレに起きた時は、かすかに陣痛かな? って痛みが走りだしました。大体20分間隔だったし、最近はいつものことくらいお腹の痛みを感じることがあったから、慣れたものだったので、5時台には平気で寝てしまったのに、6時半ごろ、再びトイレに起きた後、わりと痛くて、その場にうずくまってしまった。

まあどうせ今日は、医者とも、「陣痛促進剤を打って、午前中に出してしまいましょう! 」とどっちにしても出産するつもりだったので、ダンナ、義母が目覚めるまで、ゲームボーイで気を紛らせていた。もう42週という普通より2週間も予定日から遅れた状態でした。そんなにママのお腹の中は居心地がいいのかな? こんな状態で、なぜかハラペコだったので、朝食もきっちりとってしまったけど、後々、医者には注意されてしまった・・・

だんだん陣痛の間隔も縮みだした7時ごろ、ダンナ、義母とものんびりと起き出し、陣痛が強いことを伝えて、急かして30分後、病院に向かった。私たちが住んでいる村から、病院のあるラス・パルマスまで、Autovi'a(高速道路だけど、無料)で、約20分。が、朝なので、少し渋滞にあう。すでに、陣痛は7分間隔で4回、やっと病院に着くというところの曲がり角で、ちょうど陣痛も起き、カーブがキツかった。

でもさすが、スペイン。こんな陣痛バリバリ? の妊婦もロビーで待たされる。部屋の準備ができてないって。すでに、子宮口も2cm開いていると、宣言されたにも関わらずにね。広い個室をもらい、ベッドに寝転び、陣痛に耐える。ダンナ、義母も付き添ってくれる。何度か来た看護婦が「もう6cm子宮口が開いてますねえ」というわりに、部分麻酔を打ってくれない。

義母の案で、シャワーを浴びたら、少し陣痛が弱くなったけど、やっぱりイタイ!

お待たせしました! と10時45分ごろ、分娩室に運ばれ、念願の麻酔を打たれると、自然と体がガタガタ震えだした。ダンナ、来てくれー! と願っていたところ、遅ばせながら、立ち会い出産希望のダンナが、やっと許可をもらい、手を握ってくれ、少し落ち着いた。産婦人科医でずっと妊娠経過を診てもらっていた、エンリケ先生は、「大丈夫! 時間はかからないよ」と言ったけど、その通り、約45分後の11時26分に、無事出産! 出てきたやいさは、ほんの少し間をおいて、「オギャ! 」と声をあげた。

ダンナ、私は手を握り合ったまま、ダラダラに涙を流していた。やいさ誕生、2750g、48cm。少し小さ目。

私は、一生懸命押し出して、産みの喜びを味わい、ダンナは、出てくる瞬間をその目で、しっかり見ることができた人生最高の一瞬でした。




2001年5月7日  母親学級、マタニティースイミング
眠っているやいさ妊娠中日記を見ていたら、そういえば、行ってたなあ、この2つ!!と思ったので、ちょっとこのことについて、書いてみます。

母親学級は、妊娠後期になって、はじめて通いました。週1回だったと思う。自分の持っている保険によって、場所は違います。

私は民間保険だったので、人数も少なかったけど、国費保険だと、大人数みたい。場所は、私立の病院でした。私はそこで出産して、指導のお産婆さん(comadrona)がやいさをとってくれました。

これに行くたびに、いろいろ赤ちゃん用の試供品(ベビーオイルとか、クリームとか)をもらい、ご機嫌でした。結構、父親も参加しないといけない日もありました。父親参加の日は、出産のビデオだとか、お産婆さんが、父親の手伝うべきことは・・・と指導したり、みんなが、質問したりという感じでした。

母親だけの日は、胎児が今どんな感じだとか、妊婦のための体操を指導してくれたり、そんな感じ。仲間の誰かが、その病院で出産したら、その部屋まで、みんなで見に行きました。私が産んだ時も、どどっと、20人くらいの妊婦が部屋にきました!!

マタニティースイミングは、公立のプールに聞きに行ったら、クラスがあったので登録しました。なんか、ビート板や、発泡スチロールの長ひょろいのに、体を巻き付けて、まるで金づちのような気分のクラスでした。でも水中はお腹の胎児の重さが、重力によって支配されないので、気分はよかった。呼吸法も教えてくれたりしました。体も妊婦といったって、ある程度は動かさないといけないので、いい運動だと思います。

最近の、2歳4ヶ月のやいさを見ていると、妊娠中のことが信じられませんね。自分で歩くし、スペイン語、日本語使い分けるし、自分の意志も伝えるもんね。




2001年4月2日  妊娠日記−1998年5月8日
妊娠3ヶ月(スペインではトータル9ヶ月で計算するので2ヶ月)

 ちょびっと肌寒い日々がカナリアにしては、続いています。 珍しく曇り気味だからだと思うけど、もう少し暑くなって欲しいです。 もう5月だし。

 今日は2回目の検診。 この間の4月30日の検診時には、ベイビー! 君はエコー(ecografi'a)のモニターには映らなかったのに! 今日は、君のパパは君の心臓がドキドキってはやく動いているのを見たんだよ。 直前までご機嫌ナナメだったパパをすっかりニコニコ顔に変えてしまったワケ。 ママは、診察台に寝転がらないといけないから、直接モニターを見ることができなかったけど、「心臓が動いているのが見える!」と聞いてジーンとしてしまいました。 君がママのお腹にいること、まだまだ何も実感はないよ、まだ豆粒ぐらいだもんね。 でも、時々ママの胃をピリピリさせてくれるけど・・・

 つわりは別に今のところなし! 吐くことが嫌いだから、このまま順調にいって欲しいのがホンネ。 胸は、はっている。 動いて、少しでもゆれると痛いです。 とにかく、よく食べて、よく寝るので、初診の時より、既に1kg近く体重が増えてしまった・・・たったの1週間で・・・ 今、下手なダイエットはできないから、このまま増え続けると思うと非常にコワイ! 甘いもの、大好きだし、恋しいし。

 それにしても、「あー、コレ食べたくて仕方がない!」ってことが、しょっちゅう。 でも、次の瞬間には「いやー、もう見たくも、口に入れたくもない!吐き気がする!」っていう、妊婦特有の状態(スペイン語では antojo といいます)。 それも、日によってコロコロ変わる。 味覚が敏感になった気がします。 すっかり妊婦、好き嫌いも激しい。

 今日は、ラスパルマスに行った帰り、ジャガイモがとーっても恋しくなり、肉じゃがを大量に作りました。 おいしいものが食べたくて仕方がない! 料理本で新しい料理発掘中!

 ああ、ベイビー! はやくママからたくさん栄養、奪い取って、できたらネズミなんかのようにすぐに産まれて欲しい! まだまだ3分の1ヶ月しかたっていないし。 それにしても、風邪ひいたりしないように、予定の12月までがんばりたいです。




2001年3月5日  産婦人科
やいさこの間の続き!

午前中のうちに私たちは、Vecindario(ベシンダリオ−グランカナリア島の南東にある町)の病院へ検査の申し込みと、あと、Seguridad social(国の健康保険)に登録しに行 った。

私は当時日本の旅行保険にしか入っていなくて、その保険は妊娠、出産には不可だったから、すんなり、スペインの保険に登録できてよかった。それに結婚もしていなかったから、入れないのでは、と思ったが、これもスペインのいい加減さなのか、問題なし。

ダンナが国家公務員のため、特別公務員保険というか、各自で私立の保険機関を選び、 それを国で払ってくれるシステムがあるので、途中から私立保険機関と提携しているクリ ニックに変えてしまいました。公立の病院のように、待たされることもなく、好きな時に産 婦人科に行けてよかった。でも、短期間通った、公立の産婦人科もだいぶ感じがよくて、 応対もしっかりしていました。

しかし、やっぱり私立のクリニックは違います。エコー(超音波検査)も長時間してくれる し、写真も何枚も撮ってくれるし、エコーのビデオもばっちり撮らせてもらいました。先生とも時間を気にせず話せるし。

でも、いろいろ妊娠、出産用語は難しい。ダンナさえも知らない単語がごろごろあるし、日本から送ってもらった、妊娠、出産ハンドブックを擦り減るほど読みかえしましたね。



2001年2月2日  妊娠時代1
妊娠中の日記、といっても5日分くらいしかないんだけど、発見!

1998年4月29日水曜日 以前から、心に留めていたので、昨日海水浴の帰りに(なんせ、グランカナリア島在住だ ったもので)薬局(Farmacia)で、妊娠検査薬というか、尿で手軽に家庭で妊娠がわか る、あの御馴染みのものを、1800ペセタで購入。

ミゲル(ダンナの名、当時は彼氏でした)が夜勤がら帰ったのち、チャレンジした。というの は、朝は、検査の結果が100%に近いからである。みごと陽性!説明書には、3分待っ てください、とあるのに15秒で反応してしまった。

ミゲル、超動揺! 私は本能的になんとなく覚悟していたから、彼ほど動揺しなかったけ ど。 この検査終了後、ミゲルは頭をかかえて、「ママにTELしよう!」と朝6時なのに、受話器 を持つ。

スペイン人って、なにかと「ママ」なのよね。 義母は、事故か、MIHOが怒って、日本に帰ってしまった、と思ったらしく、(どうやらケン カも報告されているらしい)びっくりしていたらしい。

でも私の妊娠、と知って、「なんだそうなの?」とのんびり答えたため、ミゲルは「ママ、一 大事なんだよお。」と半分怒鳴る。彼は短気なのだ。

ともあれ、ママと話したミゲルは、ちょっと落ち着いたらしく、夜勤の疲れをとるべく睡眠。4 時間ほどしか眠れなかったみたい。 そういえば、妊娠初期だけあって、私はいつも眠いし、よく寝ます。 まだ、目に見えないほど小さいのに、体を支配されてる・・・ つづく



2001年1月20日  子供服
ヤイサとアルバロ バーゲンも始まり、初日にZARA(スペインの有名洋服メーカー)に 行き、お目当てのブーツを買おう!と思っていたのに、既に売り切れ・・・ 色違いのはあったので、やいさの来年用に購入した。 きっと、1月5日の子供の日(Reyes magos)の為のプレゼントとして バーゲン前に売れてしまったのだろう。うん、残念!3人の王様め・・・

スペインの赤ちゃんは、生意気にいい革靴を履いていらっしゃる。

それも、歩く前から。日本では、歩く前の赤ちゃんなんて、靴下のみ だけど、こっちは靴を履かせていないと、なんか貧乏人に見えるらしい。よって、革靴のデ ザインは最高にいいです!

でも、子供服は高いし、色があまりないのよね。あんまりモノのよくないし。黒のカジュアル な女の子の服なんてまずない!ぷりぷりなふわふわなリボンちゃんの好きな人ならいい かもしれないけど、カジュアルで、大人の服のミニチュア版がない! ベネトンやZARAや MOTHERCARE(イギリスブランド)など、いわゆるブランド物なら、なかなかだけど、そこ らの子供服やさんには、あんまりいいのはない。スーパーでも(carrefourなどハイパーな スーパー)なかなかするので、バーゲン利用の中級ブランドで買うのがおりこうです。高級 ブランドも日本よりは安いんだろうけど、そこまで、子供服に金はかけられんのだ。

それに比べて、日本のスーパーのワゴンセール、一着300円!の子供服って、なかなか いいのあるし、モノもいい。

1000円以下のいい服がたくさんあるよね。だから、日本でつい買いだめしてしまいます。

−写真は、やいさのハトコ、アルバロ君。やいさより半年上です。 やいさはすっかり正座で日本人してます!(レオンにて)



2000年12月28日  レオン置き去り20日間
20日も子供を置いて旅行をしていたイケナイ夫婦です・・・

預けた先は、ダンナの実家。お義母さんは、世話好き、子供好きなので喜んでやいさを引 き取ってくれた。老人の世話のパートをしているお義母さんにとって、やいさの世話なんてお手のもの。おまけに保母さんのように、子供の世話が上手。 私もイイお義母さんを持ったものだ。が、お義母さんに預けるがゆえのリスクはある。 3日預けるだけでも、やいさが「ママよりバアバ!」とお義母さんべったりなのに、20日間ともなれば、私たちなんてどうでもよくなっちゃうんじゃ・・・との不安大。 おまけに旅行先がインドと、生きて帰れる保証なし(ウソ)。 やいさを残して、レオン(ダンナ実家)を出る時は、涙のお別れ。でも2歳前のやいさには、何も分かってない・・・

無事生還して、疲れながらもレオンまで3時間の道程を直行! 20日ぶりのやいさは、私 たちを忘れていなかった。よかった!それに、うれしそうだ。が、何か違うぞ・・・私たちを遠ざけてる。

まあ、3週間ちょっとやいさを置き去りにしちゃったもんね。当たり前か。と思いつつも、や いさでありながら、やいさでないような、やいさに当惑してしまう。お義母さんが見えなくなると、探しまくるし。

私が最も気にかけていた日本語の方は、数時間でぶり返してきた。うん、子供は賢い! でも、あまりのバアバべったりに私はショック。恋愛における嫉妬と似たようなものである。

部屋に篭った私に、お義母さんは 「ごめんね。できる限りのことはしたんだけど・・・」としんみりいう。 私が悲しくて、つっぱた態度をとったために、お義母さんはきっと眠れなかったに違いない。 そんな人なんだ。

翌朝、うまくきっかけをつくって「20日間、やいさをかわいがってくれてありがとう!」と お礼をいうと、お義母さんはにっこりとうなずいてくれた。 私たちの4日のレオン滞在で、やいさも20日前のやいさに戻ってきた。小さいやいさは感 情をうまく表現できないため、私たちが着いた翌日に高熱を出して、私たちをはらはらさせた。 子供の体もとっても不思議だ。

レオンを発つやいさを見送るお義母さんは、20日前の私と同じだった。 もっと近くに住んでいればよかったね・・・p.s 実はこれをかいたのは、日本に行く前なのです! 前回のと上下しちゃうかな? で、今月21日にやいさちゃんは、2歳になりました! おめでとう!!!(ちょっと親ばか)



2000年12月12日  日本への旅
やいさが2歳になる前に、日本へ!ということで、今は日本でのんびり 過ごして、ぐうたらしています。

どうして2歳前というと、飛行機代が2歳までは、1割でいいからなのです。でもやいさは席 が確保されないんだけど。しかし、頼めばベビーフードのサービスはあるのです。スチュワ ーデスも子連れだといたわってくれる。やっぱり前が壁になっているスクリーン前が、子連 れには いいです。私はいつもリコンファーム時にそこを予約しちゃいます。

スペインって、日本への直通便がないから、乗りかえるはめになるのが 少々難。子供が小さいと大変ですよお。やいさはもう一人で歩くから、 いいんだけど、1歳前の子なんかホントそれこそ大荷物・・・

やいさも6か月、1歳2か月、で今回1歳11か月ともう3回目なんだけど、今回が一番楽 でした。1歳前は、まだ歩きはじめる前だし、そんなに泣き声も大きくないからいいんだけ ど、歩きはじめの1歳全般は、 大変よー!歩き廻りたくて、気を許すと機内をうろついちゃうし、飽きて泣くし、おまけに寝 てくれないしで(やいさの場合)、母親が参っちゃう。

今回みたいな2歳前後は、少し理性がつくのか、前回より楽でした。 飛行機が混んでいなかったのもあるのかもしれませんが、お絵かきや絵本を読んだりしていてくれて、ああ、ちょっと大人?になったかな? と思わせてくれた! とはいっても、また1週間後、スペイン行きの飛行機だ・・・ 長時間だけに、憂鬱ですね・・・ p.s しばらくかけなくて、スミマセン!



2000年10月18日  ちょっとした外出
ヤイサ スペインに住んでよかったなあ! と思う時は、みんなが子供に寛大だっ! っていうこと。

バスでぐずったやいさに飴をくれたおじいちゃん、そういえば、「これを!」とオレンジをい ただいだこともありました。 果ては、ベンチなしのバス停にやいさと二人で座り込んでいたら、よぼよぼのおじいさんに、「お菓子でも」と100ペセタ握らせられた時は、ちょいとびっくり・・・あんたよりビンボー に見えたか?

バスにしても、地下鉄にしても、子供を抱いていると、みんな気軽に席を譲ってくれます。 妊婦さんにも、声はかかります。 車椅子用のバスも多いし、不自由な人々にも優しい環境だと、つくづく思うけど。 ただ、バスはベビーカーをたたまないとならないので、赤ちゃん時代は 面倒。電車や地下鉄はそのままでOK。 いやー、みんなあやしてくれるし、話しかけてくれるし、私はそれで気を使っちゃうけど、に らまれたりするよりいいよね。

レストランも問題なし。基本的にスペイン人の話声は大きいから、赤ちゃんが泣こうが、全 く気にはされないのであろう! レストラン、バール(Bar)の欠点は、煙草の煙・・・ スペイン人はヘビースモーカーが多い! だから、テラスなんかは、気候がいい時には、断然オススメ。

欠点はおむつ替えのスペースをみつけるのが大変なこと。 夏は、ベンチや公園で問題ないけど、冬は、デパート、エルコルテイン グレスや、ショッピングセンターのトイレのみ。バルには、まず おむつ替えの場所はなし。 はやくおむつ取れないかなあ。

出かけた夜は、ぐっすりおやすみしてくれます。



2000年10月1日  バイリンガルに
ヤイサとケーキ ホントは、妊娠の時のこと、書こうかな? と思っていたのですが、 ここ数週間で、やいさがスペイン語と日本語の使い分けができるように なった! という、ちょいと劇的な発達があったので、変更します!

やいさが生まれてから、ずーっと日本語で話してきた甲斐があった、 っていう瞬間ですね。 例えば、冷たいドリンクがあって、私には「つめたーい!」って 言うんだけど、ダンナには、「Frio!」って言うんです。 なぜか、やいさは飛行機が好きで、飛行機が上空を飛んでる音がすると、「飛行機!」って私より早く気がつくんです。 でも、ダンナには、「Avio'n!」って!

それに、最近午前中は、CGのクラスに行ってるから、ダンナが 午前中は、やいさの世話係なんだけど、ダンナとは、ずっと スペイン語で、会話(というほどではないけど)してるけど、 私が着くと、私には日本語の単語を言ってくれます。 水のことも、ずっと「Agua」だったのが、最近は「お水」って いうように! ホント、うれしいわ! そう、上の画は、最近、「フォトショップ遊び」が好きな私が 合成しました!



2000年9月17日  ナナちゃん
先日、ナナちゃんに会った。ナナちゃんは、ただいま妊娠7か月 (スペインは、妊娠周期が9ヶ月、日本式に10ヶ月単位で、数えたら 6ヶ月)で、西サハラ出身のきりっとした顔立ちの子なのね。 でも、ナナちゃんは、左腕がない。4歳の時に、戦争の爆弾で 両親と共に失ってしまった・・・

親戚が多いのが救い。今は、ふつうに腕を失ったことを語るし、 義手は心地が悪いといって、どこにでも、ありのままで行ってしまう。 うらやましいくらい強く、堂々としているよ。

このナナちゃん、妊娠初期は、かなり大変な状態だった。 流産しそうになり、1ヶ月くらいベッドで安静にしていなければ ならない状態で、つわりもかなりひどかったみたい。

でもダンナさんのオスカルは、めちゃくちゃやさしくて、 子供好きなマドリーっ子。 うちのやいさの相手もパパより上手。まるで保育園の先生みたい。 いーなー。取り替えたいなー。と思うこと、しばしば・・・

だから、ホント、オスカルの熱心な看病によって、ナナちゃんは 復活した。危険な状態から、脱出したときいたときは、自分のことの ようにうれしかった。

妊娠してる女の人って、輝いてる。ナナちゃんもホント きれいよ。私も妊娠当時はよく言われたなあ。アハハッ。 やっぱり、もう一つの命を自分の中に持っているのって 妙な感じ。だって、自分の体の中で日々形成されていくんだしさ。 女しかできない、いい経験でしたよー! 妊娠、出産、育児のことを、ナナちゃんにじっくり教えこんで います! 頼りない先輩だけどね。

ということで、次回は私の妊娠時代のことでも!



2000年9月9日  近所のガキンチョたち
ピソ まだまだ、スペインの夏は続く・・・子供たちも新学期、というか 進級の季節なんだけど、まだ始まる気配がないなあ。

うちのマンション、全戸共同の中庭、プールがあるんだけど、 なんていうか、コと逆コの字形で家々、(部屋?)に囲まれて いて、門でガードされていて、外部の者が簡単に入れなくなって いる、最近スペインではやり!、というか、新しくマドリード 郊外なんかで建てられている形式のやつなの。(写真)

で、中庭で近所の子供たち、夜12時過ぎまで遊んでるの! まあ、親たちも夜更かしだから、いいのかな? ガキンチョグループは、5歳から10歳くらいまでの 男女ミックスで、駆け回ったり、座り込んだり、まあ、日本と 変わらない遊びをしてます。男の子たちは、ずーっと駆け回って いるし、女の子たちは、おもちゃのベビーカーと赤ちゃん人形で おママごと。でも、グループと、まとまってなく、時々女の子たちも 駆け回っているし、男の子たちも、女の子たちとおしゃべりしてる。

近所の女の子たちは、お母さんごっこが好きらしいし、 やいさをすごくかまってくれるから、助かる・・・ ホント、女の子たちは、おませで、かわいい洋服、おまけに ピアスは生まれた時に開けられちゃうんだけど、(女の子はね) ネックレスやブレスレットなんかもつけていて、おしゃれよ。 はやったものも、敏感に、子供のくせにとりいれてる。

愛情表現も豊か。この間、3歳の女の子に、「Te Quiero!(愛してる)、チュー」っとやられて、超照れちゃった。 どう反応していいのか、日本人の私・・・



2000年9月7日  Mihoママ、登場!
ヤイサ 突然に妊娠から、スペインでの出産と、ここ2年でずいぶん 私の性格も環境も変わりました! あっ、そう、妊娠と出産の間に、結婚もあるんだけど、「デキ婚」 ではありません! なんというか、「結婚しよう!」後、デキてしまった のですよー。

で、今は1歳8ヶ月になる娘、やいさ(Yaiza)と、年下の レオン出身の夫と、マドリードなのに、バス停まで徒歩7分、(子供の歩幅じゃ、倍の時間 がかかります。) 地下鉄駅までは、バス5分かかる、へんぴな南の新興住宅地に 住んでおります・・・子供には、いい環境ってことで、涙を飲んで・・・

そうだ! 育児のこと、書かないと! この頃、ホントにいろいろ話します。やいさ語。 パパ、ママのようにちゃんと話していると、思ってんのかしらね? 好きな遊び−例えば、パパの靴を差して、「パパー」 プラスティックのお皿を差して「やいちゃ!」 なぜ、ごみを差して「ママー」なのか? 「パパのよー」と教えておきましたっ!


e-mail address: info@arrobaspain.com
Copyright (c) 2000-2024@Spain all rights reserved.