留学の秘訣教えます
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11. ホームステイという滞在方法(1)
先日、もう随分昔に1ヶ月程滞在していたホームステイ先のおばちゃんとばったり道で会った。おばちゃんはちょっと老けてしまったけれども相変わらず元気そう。「あんたっ!スペイン語うまくなったじゃない!」(そりゃこんだけ長くいりゃ、ちょっとは喋れるようになるよ…)などとお世辞を言われて賑やかに別れた後、自分がスペインに渡航して間もなく、彼女の家にお世話になっていた時代のことをしみじみと想い出した。 やっとの思いで到着してみたら家中出かけていて留守、というハプニングから始まったステイ先での生活。とにかく言葉がままならずに、いちいち声をかけられるたびに心臓バクバク。家族同士が大きな声で喋っているのを聞くたびに、私がなんか悪いことしたんじゃないか!と心の中は妄想の嵐。ガイドブックにあるようにシャワー使用は早めに切り上げ、実家にいる時よりバスルームは綺麗に使い、食事は少々口にあわなくても「大変美味しい」と歓声をあげ、なんだかしなくてもいいニッポンジン的気苦労にまみれている自分にため息をつきつつ、毎晩床に就いたものだった。 そのくせ窓際に飾ってあった植木鉢は中庭に落として叩き割るわ、上掛け用シーツの意味がわからず、丸めてベッドの下に放り込んで怒られるわ、なんだか間抜けなことばかりしていた記憶もあるのだが。それでも家の人達は適度に親切だったし、特に大きなトラブルもなく過ごした思い出がある。 しかし私は単に運が良かっただけなのかもしれない。その後日本人学生対象の仕事を始め、彼らから相談を受けるようになると、まあ皆さんからステイ先への不満が続々と集まってくること!どうしたんだこりゃ?とにかく話を聞いてみると中にはとんでもない家庭もあるらしい。これじゃあ期待していた「温かいスペイン人家庭での生活で自然に身に付けるスペイン語」っていうのができないじゃないか!ということで、今回はスペインでのホームステイなるものの実態を探ってみる事にした。 ●「ホームステイ=食事付下宿屋さん」の認識 このことはすでにほとんどの留学ガイドブックに詳しく解説してあるので、今更説明するまでもないかもしれないが、やっぱり念のために最初に言っておこう。スペインのホームステイ先は「国際交流に興味があって、親切にも外国人学生に部屋を提供している家族」ではなく、「学生に部屋と食事を提供することによって収入を得ている家族」なのである。更に付け加えれば「収入を得る必要のある家族」であり、「素人経営」である。ここまではすでに理解していらっしゃる方は多いと思うが、ではどのように解釈されているだろうか? 収入を得る必要のある家族というものの形は様々だ。未亡人のおばあちゃんの家、母子家庭、子沢山のお家など、下宿屋さんの収入で生計をたてている方達で、経済的に余裕があって、道楽で外国人生徒を受け入れている家庭ではない。商売道具は家とおばちゃんの腕のみで、ホテルのように設備投資もできないし、清掃人を雇うゆとりもなく、ましてやしっかりしたマニュアルがあるわけでもない、家庭内商売である。すべての労働力を考えて、直接家庭に支払われる金額を見ると、あまり割の良い商売とは思えない。 こんな台所事情から発生するのが、ホームステイ先がケチ、食事の準備や清掃が怠慢、などの学生側からの不満だろう。しかし、こういう相手の事情を知った上で、少々のことは我慢しましょう、というのではない。まず、ホームステイ先には、最初からホテルの設備サービスと国際親善家族のホスピタリティは求める方が無理じゃないだろうか、と思うのである。そのかわりに「住まわせて貰っている」という変な遠慮もいらない。原始的ながらも業者と消費者という形が存在するのだから、お金を払って提供してもらう、食事とベッドとシャワーという基本的なサービスに欠陥がある場合にはクレームをつけることもできるのだ。まずはこんな解釈の仕方からはじめて、ホームステイ滞在を快適にするコツのようなものを探ってみよう。 ●ホームステイ家族のホスピタリティ ではスペインのホームステイ先というのは商人魂一杯なのだとすると、アットホームな応対や会話は一切期待できないのだろうか?お金のために外国人を受け入れているのだから、事務的な態度でしか接してくれない?だったらなんで長期間滞在している人や、ステイ先の人と仲良く旅行したりしている人がいたりするんだ? 例えば自分がレストランでバイトをしていると想像してみて欲しい。よく来る常連さんの中でいつも同じ物を頼み、同じ程度の悪くないマナーの、2人の別々の客がいるとしよう。毎回一言も言葉を交わさないで帰っていくお客と、挨拶から始まってお天気のことやサッカーのことなど軽く言葉を交したり、こちらの体調や最近忙しい?なんてことを聞いてくれたりするお客と、どちらに心のこもったサービスをしよう、ちょっとしたわがままを聞いてあげようと思うだろうか?もちろんサービスはすべてのお客さんに均一にしなければいけないのだけれども、明らかに後者のタイプのお客さんが選ばれるだろう。なぜならあなたとお客さんの間に、お金の問題は別にした、人と人との気持ちを通じ合わせる関係が生まれているからだ。 ホームステイ先とうまくいかない、という相談にきたある日本女性のケース。彼女の話によると、家では誰も話しかけてくれず、たまに話そうとしてもうんざりした顔をされる。本人がいない時にはサロンで陰口を叩かれている…。こりゃ大変だということでさっそくステイ先に電話してみると、反対に○子さんは大丈夫なんだろうか?と聞かれる。必要な時以外は部屋に閉じこもっており、話そうとしても怯えられてしまうので、そっとしておくようにしているのだが、ひどく落ち込んでいるのでは?との回答。 この彼女の場合、スペイン語ができないからコミュニケーションをとることができない、家族に申し訳ないという思い込みが強過ぎて事を複雑にしてしまったようだ。この言葉ができない=コミュニケーション不成立という考えについては別の機会に話すとして、人との気持ちを通じ合わせる関係は待っていても成立しないし、相手側の意思表示を受けるだけでも成り立たないということはぜひ理解して欲しい。それはレストランの従業員と客の関係、ステイ先家族と学生との関係のようにお金がからむ間柄であっても同じ事なのだから。 しかしホームステイでの生活は、コミュニケーションが上手くいけばすべてOKというわけではない。そこに「相性が良いか、悪いか」という微妙な問題がでてくる。例えばとあるステイ先にAさんの入居を斡旋したところ、おばさんの性格がきつくて一緒に暮らせないという不満タラタラで1週間もたたずに退居。その後にBさんに入居を勧めてみると、さっぱりした性格のおばさんと気が合うということで、滞在延長の依頼、なんてことはしょっちゅうおこる。さすがにこの相性に関しては申し込みの時にリクエストができないし、努力でゲットできるものでもない。まさに知らない者同士のブラインドデートというか、お見合いのようなものなのだ。 結局、相性とコミュニケーションの良し悪しに微妙に左右されるのがホームステイ先のホスピタリティ度、というのが結論となるだろうか。まさにマニュアルにはない、書きようのない部分に、ホームステイに一番求められているものが置かれているのだ。ここまで書いてしまうとすでに怯えて滞在先を学生ピソに変更する人が出そうな気もするけれども…同じ事はピソ生活でもいえること。他人との共同生活(思えば夫婦生活もそうかもしれないけれど)にはリスクを負う危険はつきものなのだ。 私自身、仕事柄「ホームステイと学生ピソ、どっちがいいですか」という質問をよく受けるが、まずは以上の事情をはっきり説明することにしている。というかそれしかできないのだし、あとはひたすら上手くいってくれ!と願う気持ちはお見合いの仲人おばちゃんのそれと同じ。ステイ先家族と和やかに談笑する学生の写真、"本当の家族のように接してくれたステイ先に感謝!"といったコメントなどが満載の各大学や語学学校のパンフレットを目の前に、時々複雑な心境でため息をついてしまう、というのが本音である。 後藤 美智子
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