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美術案内 |
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第11回 弟子の宿命 |
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長い間、原稿すっぽかしてごめんなさい!・・・って読んでる人いるのか、ここ?
ところで、ペドロ・ヘスス・フェルナンデスの小説『Tela de Juicio(審判の画布)』を読んだことある人っている? すっげー面白いんだよね。バルザックの『知られざる傑作』を「芸術家小説」とするなら、この小説は「美術史家小説」とでも分類できるような内容。 あらすじはというと、生誕400周年を直前にして新しいベラスケスの肖像画が発見される。しかし、修復を担当した修復家アルベルトは長年の経験から、その肖像画がベラスケスの作品ではないことを見抜いてしまう。 休暇をとってセビージャで資料を探索したアルベルトは例の肖像画がベラスケス作じゃないという決定的な証拠を見つける。しかしマドリードに戻った後、行方不明となってしまうのである。 謎が謎を呼ぶドキドキのサスペンスなんだけど、美術史的な舞台設定やプラド美術館の裏事情なんか、いやにしっかり描写してるなぁって思ったら、作者は本職だった人なんだそうな。コンプルテンセ大学で美術史学の教鞭をとり、プラド美術館副館長補佐まで務めている。本物じゃん。
で、この小説の鍵を握るのはもちろんベラスケスなんだけど、新発見された作品の作者はフアン・バウティスタ・デ・マソ。
マソ。
知ってる? いや、濁点付けちゃダメだって・・・。
ここ2年くらいか、この画家のことが気になってしようがない。ちょっくら調べてみるか。
ま、日本での知名度がほぼゼロに近いのはわかってたけどさ・・・。じゃぁ、スペイン語の通史でもみてみるか。
うわっ。名前すら登場しないよ。
スペイン美術史の専門家はともかく、世間一般にとってマソっていう画家はまぁ、名前を知らなくても何の問題もないくらいの知名度なわけである。
さて、このマソっていう画家はいったい何者なのか?なけなしの知識を振り絞って説明しよう。
痛っ。なんの解説にもなってないじゃん。
ま、美術史を専攻してるからって専門以外のこともなんでも知ってるわけじゃないんだよね(←言い訳)。
一応、これにも理由があるんだよ。その理由ってのが今回のテーマ。前置きが長くなったけど、こっからが本題。
2001年8月、ある作品のアトリビュートが変わった。アトリビュートっていうのは美術史の専門用語で、つまり作品を制作した画家のこと。
これがその作品。どっかで見たことあるんじゃない?プラド美術館に展示されてるだけじゃなくて、ベラスケス関連、あるいはスペイン美術の通史本の表紙を飾ってることさえあるマルガリータ王女の肖像。
ベラスケスが未完のまま遺した晩年の作品で、それをマソが完成させたってのが従来の通説だったんだけど、調査の結果、ベラスケスの筆は入っていない、つまり正真正銘のマソの作品っていうことになった。
マソが無名だっていう理由はまさにここにあるんだ。あまりにも筆致が師匠ベラスケスと似てるために、専門家さえ区別がつかないほど両者の作品はそっくり。もしかしたら、現在ベラスケスと考えられてる作品の中にもマソ作品が混じってるかもよ。
で、マルガリータの肖像に話を戻すと、作品の質はまったく変わらないのに、この作品の前に立ち止まってじっくり眺める人がほとんどいなくなった。これも芸術の評価ってのが作品の質だけに左右されるんじゃないっていうことの一つの例証なんだろうな。
最近日本で競売にかけられたゴッホもそうじゃん。ある友人が
ってメール送ってきたけど、作品の評価がその美的な質にだけあるんじゃないってのがわかってれば画家の名前だけで値段が急上昇するのは別に驚くことじゃない。 でもさ、逆に無名画家の作品でもものすごく質の高い作品があるわけで、そういうのを安く買い取って独りほくそ笑むってのもアリだよなってと思う今日この頃。 2003年2月13日 |
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