| JOANのカタコト |
| 16.バレンシア言語アカデミー |
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バレンシア州にバレンシア言語アカデミーが創設されました。この機関はバレンシアで使われている土着のことばバレンシアーノの研究をし、規範・正書法を定め、辞書を編纂し、言語の普及・正常化を推進するのを目的としています。ところが、その対象言語たるバレンシアーノは一体全体カタルーニャ語の方言なのか、独自の言語なのかという議論は平行線をたどったままなのです。ここではこの研究対象の定義を確定できないままスタートした不思議な「研究機関」を通して、バレンシアのことばと社会の問題を見ていきたいと思います。 話をわかりやすくするために、ここである学者の説を借用して、バレンシア州の人々のことばとアイデンティティーに対する態度を5つのタイプに区分しておきます。
タイプ1. バレンシアーノはカタルーニャ語と同じ言語で、自分を広義のカタルーニャ人であると考えている。(タイプ1の詳細) この5つのタイプはそれぞれ別に存在するのではなく、ある連続する特徴を無理に区分したものなので、もちろんその中間形も存在するし、何かのきっかけで個人の中でタイプが変更されることもありえるのだそうです。 さて、このバレンシア言語アカデミー設立以前から、バレンシア文化アカデミーというものが存在していて、バレンシアーノの規範・正書法を決める作業を独自に行っていました。ところがこの団体はタイプ3の人が中心になって組織されたものだったので、バレンシアーノをカタルーニャ語から切り離すことに力点が置かれていました。それとは別にカタルーニャ語全体としてみれば、そのアカデミーにあたるカタルーニャ語研究所 という機関がバルセロナに存在し、その支部がバレンシア州にもバレアレス州にも設けられているのです。したがってバレンシアーノをカタルーニャ語だとするタイプ1の人にとっては、バレンシアにあえて新しい言語アカデミーは必要ないと考えているのです。その一方で、これら存在する2つの機関ではバレンシア州の一部分の代表でしかなく役不足だという意見が、タイプ2を中心とする専門家・文化人などから提言されました。広くバレンシア州全体の意向を反映し得る言語機関の必要性は、細かいというよりは根本的な対立点は残しながらも総論としては賛成意見が多く、州議会で議決されバレンシア言語アカデミー誕生の運びとなったのでした。 このアカデミーは21人のメンバーで構成されることになったのですが、その人選にあたっては2年間にも及ぶ大変な政治的駆け引きがありました。本来研究機関のメンバーに当然必要とされる学識経験よりも、その人の政治的傾向の方が優先されたようで、最終的には州議会の与党保守党PPから11人と第一野党PSOEから10人をそれぞれ指名することで決着しました。PP主導のバレンシア現政権は、タイプ4とタイプ3という原理的には逆の方向を向いているはずの人達の連合軍といった性格をもっているので、指名した11人のうち6人はタイプ3の、バレンシアーノ分離主義あるいはアンチカタラン的人物だといわれました。一方PSOEの指名したのはタイプ2が主体の人達でした。ということで、どういう方向へいくのかまったく分らないまま、2001年夏にバレンシア言語アカデミーは正式に創設されました。 このようにバレンシア州政府の肝煎りで設立されたアカデミーなのですが、現在までのところ必ずしも政府の思うようには動いていないようです。バレンシア州政府の奇行は枚挙にいとまがないのですが、先日その教育庁から「今後、中等教育に使われるバレンシアーノの教科書には、バレンシア出身者の文章のみを使わなければならない」という内容の通達がだされました。これはカタルーニャやバレアレス出身の人の書いたものを締め出す意味があり、タイプ3の人のみが喜ぶアンチカタランの性格を持った決定でした。これに対してバレンシア言語アカデミーは、この通達が彼等に何の相談もなく出されたことを遺憾としたうえで、再考を州政府に要請しました。またそれとは別に、同アカデミーはこれまで一部の政府系の公共機関で使われていた他の正書法は誤りだとし、唯一無二のものとするカステリョの正書法を使うように指導しています。 このアカデミーの将来については予測できないのですが、これまでのところ心配されたほどはタイプ3の力は強くなく、タイプ2そしてタイプ1との連携を視野に入れた動きをしていて、その点がまた生みの親たる州政府によって継子扱いされています。この組織が今日までのバレンシアの言語問題を解決していく切り札になり得ないでしょうが、こういった政府との軋轢が、逆に外部からの評価を「無くてもよい」から「無いよりはまし」程度に向上させたことだけは、皮肉な事実として認めなければなりません。 バレンシアのことばと社会の問題は基本的には、他のスペインのカタルーニャ語圏と同様にカスティージャ語化の進んでしまった社会において、(それを何という名前で呼ぶのかは別としても)土着のことばの勢力回復・正常化にあると思います。しかしそれを覆い隠すかのように、というよりはかなり恣意的にカタルーニャ語対バレンシアーノという二元論が語られ、問題のすりかえが行われているのです。どうしてそういうすりかえが行われるのかというと、バレンシアではスペイン主義とでもいえるタイプ4の勢力が強く政治的イニシアティブをとっています。もしそこで、土着のことばが隣接するカタルーニャと共通のもので、それがゆえに地方間の政治的結びつきを強めてしまう、例えばカタルーニャ連邦形成運動といった勢力となっていくようなことは、彼らにとっては全くもって望ましくないからなのです。バレンシアーノが独自の言語であるかないかの言語学的・科学的結論は重要ではなく、独自の言語としておいた方が都合が良い勢力が、現在のバレンシアを動かしているし、政治的結びつきの強いマドリード中央政府もその後押しをしているという構図なのです。 バレンシア州出身の人と話をしてみると、そもそも何語を使って話をするのかに始まって確かに色々な考え方が見て取れます、前の5つのタイプでは足りないかもしれません。ただ、それと同時に多少自閉的ともいえる強い郷土愛を例外なく持っていることも特筆できます。結局のところバレンシアの問題は、その「ことばとアイデンティティーの折り合いの悪さ」に由来しているのではないかと思われます。カタルーニャ州のようにその郷土愛と言語がほとんどダブっているところとは違い、バレンシア人であることとバレンシアーノをしゃべることが、人により地域により重なったり分離したりしている現状が、バレンシアを外からは分かり難くしている理由ではないでしょうか。 バレンシア言語アカデミーは、そういうバレンシアの複雑さの象徴として誕生しました、スペイン語やフランス語のアカデミーとは比較できない、やはり不思議な「研究機関」なのです。そして言語問題は言語そのものの問題ではなく、それを内包する社会の問題だし、それが表に出るのは実は政治的綱引きに利用されているのだという、当たり前の結論に再び到達するのです。注として長い長い言い訳も書いておきます。 |
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