ちょっと前のわたしたち

【No.269】8月8日 Maki * 【No.270】8月22日 SARA

【No.271】8月29日 かおる

No.271

8月29日 かおる(マドリード)

 ものすごく久しぶりに日本へ行けることになった。
最後はいつだっただろうと、パスポートを確認するとなんと5年ぶり。

 前回の帰国の際は仕事だけといっていいほどで、ほとんど日本を味わう余裕もなかったから、本格的に滞在するのはかれこれ10年ぶりぐらいの計算になる。

 今回、私に機会を与えてくれたのは、フランシスコ・ザビエルの生誕500年記念のイベント。 当時の人たちが触れた音楽を再現する意味でグレゴリオ聖歌のコンサートをザビエルゆかりの地で開いていくツアーだ。グレゴリオ聖歌楽譜
          グレゴリオ聖歌

 昨年、この話の相談を受けたとき、最初は少しお手伝いをする、そんな軽い気持ちでいたのだが、こういう話につきもの、人手も予算も不足しているため、現地に入る私が日本のオーガナイザーとこちらの合唱隊の取次ぎなど、雑務をすることが多くなってきた。 そうする中で、いずれにしても通訳は必要なのだから、と私が同行させてもらうことになった。 なんともラッキーな話だ。

 ザビエルは九州や山口を基盤にしていたので、今まで訪れたことのない、鹿児島や平戸などを巡ることができる。 観光できる余裕などないのだろうけれど、大都会ではない町で、日本の風景を久しぶりに味わうことができると思うと、それも、私の好きな秋に訪問できるとなると気持ちがそわそわしてくる。

 でも、すっかりスペイン生活の習慣が身についている私。
現実を考えると、夢心地になっているどころではないことに、はたと気がついた。

 洋服はほんとうにカジュアルなものしか持っていない。 ヒールのあるパンプスなどを履こうものなら1時間もたたないうちにギブアップするに決まっている。 昔の銀行のキャッシュカードがまだ手元にあるとはいえ、銀行は合併に合併を重ねているから、おそらくこのカードは使えないのではないか。 ユーロの現金を持っていって両替するしかないのかな、あ、携帯電話はどうしよう・・・あわてて実務的な情報を探し始めるが、探すほど意味がわからなくて不安になってくる。 しかも成田に到着したらすぐにあの巨大な空港で迷ってしまうのではないかという不安が心をよぎってきた。 成田空港など、実を言うと今まで2度ほどしかお世話になったことがない。 それも遠い昔。

 前回帰国のときに、これもまたついスペインのクセで、通りがかる人にやたら道やら、バス停やらを尋ねまわって、中には怪訝な顔をされたりしたこともあった。 いい悪いは別として、日本はやたら知らない人に話しかける習慣はないのだから。

 不安とワクワクした気持ちが交差してなんとなく落ち着かない今日この頃。 日本行きの前に仕事もたんまりたまっているというのに。

 

No.270

8月22日 SARA(グラナダ)

”バルとフラメンコとラファエルとKEANU REEVES(キアヌ・リーブス)”

HOLA! この4つの事柄が最近の私の頭と体をぐるぐる支配しています。

その1 BAR(バル)の話
いやー。 今年の1月くらいから旦那と2人でバルを経営してみたものの。。。 うーん。 一日の労働時間が15時間はあり、7ヶ月がんばってみたが、体力、気力が限界の一歩手前である。 半年くらい経てばアルバイトの1人も雇えると思っていたが、そんなお金もなかなか出そうにない。 お店はそこそこ繁盛はしているが、限度は見えてきた。 というか、700人ほどの規模の小さな村ではそんなものなのだろう。

 そして、自営業はとにかく支出も多い。 巨大な冷蔵庫だらけの店の電気代だけでも毎月目の玉が飛び出てしまう。 かくかく、しかじか。。。とにかく、予想されていた出来事だったが、それは、もうやってきた。

 先ほど限界の一歩手前、と書いたのは、"限界"に来るまでに何か手を打つのが得策だろうと思ったので、旦那と会議した。 バルは5年契約。 しかし、この状態で5年続けて何があるだろうか? 根性はつくだろう、村の人とももっと仲良くなるだろう。 自営業なりのやりがいもわかった。

 しかし、今の私たちには、なにも5年間しがみつく必要も無いのではないだろうか?という会議結果が出た。 そこで、店の権利がうまく次の人に売れれば(私達が店に投資した資金)私達の経済状態はプラス、マイナス、ゼロ。 で、人生ゲームで言えば"スタートに戻る"のこまが出ることになる。

 そこで、先週早速、次のバルのオーナーを募集し始めた。 これは、明日になるのか、来年になるのか、さっぱりわからない。 なので、それまでは、バルは営業することになる。 なんだか中途半端な状態だし、やはり一度希望を持ってやり始めたことを辞める事はなんとなく寂しいものだ。 しかし、次のスタートに向かって突き進むしかない。のだろう。

 なんて、えらそうに書いてるが、実は今回のバルの決断に関しては、旦那の方がしっかりしている。 私はもう経験不足もいいところでかなり今も気を失いかけている。 なんで人生ってこんなに苦しくてめまぐるしいの? ああ、それでも毎日 日が昇る。。。 とにかく、私も次のスタートに向けて体力と精神力をまた復活させないといけない。

 私的なエゴを述べさせてもらうと。 この小さな村のバルを経験して、自分がこの商売の向き不向きをよーく勉強させてもらえてよかったし、つらいことばかりでなく、楽しいことももちろんあった。 でも、一番嫌だったのは踊りの練習時間が無くなってしまった事。 週に2回無理矢理市内まで練習しにいかないと、フラメンコシューズとはまったく切り離されてしまう。 他にもやるべきことはあるんだけど、1日を終わらせることに精一杯でまったく自分に余裕が無い。やっと踊ってお金をもらえるところまでこぎつけていたのに、これでは練習生に逆戻りである。 このまま錆びていくのは納得がいかなかった。だから5年もこの商売やってたらほんとうは、やばかったのである。

 とにかく、このバルの後片付けが全てうまくいったら、しばらくはまたサラリーマン生活で充電して、次のスタートに備えたいと思っています。 次の予定は私的にはなんとなく計画があるのだけれど、こればっかりはもっともっと家族会議を重ねていかないと形にならないので、まだまだ先のお話、ということで。

その2 "フラメンコ冥利につきる"話
さて。 10年かけてグラナダとマドリードあたりでは"踊り手さん"として名も顔もやっと通ってきたが、この小さな村にかかるともう調理場を手伝っているどこかの東洋人だ。 これがスペインの常識です。 フラメンコを踊る、という噂を信じていたのは700人の村人口のうち、たぶん4人くらいだった。 それにくらべて、旦那はバルでちょこちょこ歌ってるもんで、しっかり歌い手さんとしての票を獲得していった。

 そして先月、村の企画で日本語に意訳させてもらうと、"フラメンコの夕べ"っていうのがあるので歌ってほしい、という依頼が旦那に来た。 ちゃんとそれなりのお金も出るということだ。 私が踊る事を信じていた4人の村人は出来れば奥さんにも踊ってほしい、と言いにきた。 私はいろいろな条件や状況を考えた結果、1曲衣装を着て踊ることは断った。 "もりあがったら、ちょこっとステージにあがりますよ"とその4人のために言っておいた。フラメンコ

 さて、その夜。 村の小さな文化センターの一室は、なかなか良い"フラメンコの夕べ"となった。 皆しっくり歌を楽しんでいるし、気の利いた掛け声も飛ぶ。 流石アンダルシアだ 。他の国や、スペイン国内でも良い雰囲気で歌をじっくり楽しんで聞ける機会は減ってきている。 しっとりと45分くらいだろうか、旦那が歌い終わり「さて、フィナールの歌は嫁にも手伝ってもらいましょう!」と声がかかった。 さあ、私の出番。

 条件はよかった。 旦那がしっとりした雰囲気を作ってくれていたし、みんな最後に「うおー」っと盛り上がれば満足なのである。 そこで、謎の東洋人登場! 興奮しないわけが無い。(笑)

 私の踊りは3分間に満たなかったが、私は全てをかけた。 7ヶ月間私がうまく踊るはず、と信じてくれた4人のために。 最後の"うおー"を待っていた村人のために。 そして1年近く人前でおどっていなかった私のために。

 旦那とギターの音をひろって全力で踊った。 途中で片足の靴が脱げたので両方脱いで裸足で踊った。 決め所で止まった瞬間。 「うおーーーっ」という声が響き渡り、私は劇場にいるみたいだった。 この掛け声は10年間いろんなところで踊っていて3回くらい経験したことがある。 人が見たものに対して、芸術がどうのとかっていう意識を通り越して興奮するのである。 その後も、興奮冷めやらぬ50人くらいの村人がバルに押し寄せ、皆でウイスキーを飲みのみ、夜の2時まで歌って踊った。

 さて、次の日も、興奮さめやらぬ10人が、次から次へと夕べの興奮をしゃべりにバルにやってくる。 そして、いつものごとく100年前のフラメンコの歌について語りだした。 あの歌い手はこう歌った。 同じ歌詞だかあの歌い手はこのように歌った、といったフラメンコ薀蓄である。 旦那ももちろん話の輪の中にいる。

 そこで、じーっと聞いていた一人の村人が(この人が私がフラメンコをうまく踊る、と信じていたうちの1人である)話し出した。 「君達、君達。 君達の薀蓄はすごい、ほんとにいつもすごいと思ってるし楽しいよ。 しかし、俺は夕べの映像が頭から離れないんだ。 ヘスス(私の旦那の名前)、君も良かった。 でも夕べのあの会場の魔法はあそこにいる彼女がかけたんだ。 俺もフラメンコの宴会に何度も行った、俺もフラメンコをかなり知っているつもりだった。 でも夕べ気がついたんだよ、彼女に比べたら俺のフラメンコの知識は爪の垢くらいだった。 このアンダルシアに住んでいてもフラメンコを知るのは難しいんだ、それを、日本という国からそれを知るためにやってきた彼女に敬意を表するよ。 いや、おれは上手とかなんとかって言ってるわけでもないんだ。 彼女がお店を閉めて掃除してるときに踊ってるのが外から見えることがあるんだ。 上手い、上手いけど、なんたってグラシアがあるって言いたいんだ。(踊り心がある、とかという意味)」私は涙がちょちょぎでそうなのをこらえてお礼を述べてから思った。

 いや、これはわたしにとって、フラメンコ冥利に尽きる言葉だ。 やっててよかった。ここにいてよかった。 フラメンコって忘れた頃にちょっとご褒美がもらえることがあるんです。それでそのご褒美がもらえると もっと続けてみようっていう勇気に変わります。 そんなご褒美をもらったお話でした。

その3 新しい家族"ラファエル"
あーっと。こっそり妊娠して産んだわけじゃあございません。 拾い犬です。 また拾ってしまったの。 バルに3週間くらいまえから追い出しても、追い出しても出て行かない小さな白い犬。

 白いってことには洗ってから気がついたと言ってもいいほど汚くて、長髪はレゲエになってるし、蚤もちょっとみただけでたくさんついていた。 そして、彼の粘り勝ち、だった。 1週間して獣医につれていき、注射を打って、洗って、 毛を切って、そしていま私の横にいる。 名前は"ラファエル"。呼ぶときは"ラフィー"。 5人家族になってしまった。 旦那と私。 白い犬1、カナステーロ。 白い犬2、ラファエル。 縞猫、マルシー。 動物人口が勝ってしまった。。。

 さて、2週間経った。10日くらいは地獄だった。3匹で領地の争いが起きている。 ラフィーは推定年齢1歳、ということだがなんせ、外で暮らしていたのでトイレのしつけも難しかった。 ここ3日くらいでやっと落ち着いてきた。 まだ細かい領地の争いやおもちゃの取り合いが激しいが、皆、事情がのみこめてきたらしい。 それぞれに事情を話さないと動物も怒るのだ。 「なんで急にこんな奴と暮らさなくちゃいけないんだよー」とぐれてしまうのである。 「どこで用足ししたっていいじゃん」とかっていう顔をするのである。 先にいた犬をたてつつ、まあ、なんとかまた、家族がまとまりつつある今日この頃のお話でした。

その4 こっそり KEANU REEVES
ははは。(笑) 木拓に恋して以来? 旦那以外で(一応たてておこう)メディアの世界、TVとか映画とかの世界で、ああ素敵、と思う私のスターが居なかった。 別に居なくてもいいんだけど、キアヌ・リーブスは突然私のハートに飛び込んだ。 何で今頃?と私も思った。 映画マトリックスもみたことあったし、存在は知っていたけど、うんともすんとも意識に入ってこない俳優だった。

 バルを誰かに引き渡すことを決めてからの話だ。 先週の話。
ぼーっとTVを見ていたら、キアヌ・リーブスがアメフトの選手の役の映画をやっていた。 長髪の彼にどきどきしてしまった。 映画自体は、普通でまあ、ハートのある男というのが彼の役所である。 見終わっても興奮冷めやらず、レンタルビデオ屋の24時間借りれる機械に急いで行った。 もちろん、もっとキアヌ・リーブスを見るために。 その機械は俳優の名前で映画を探せるのだ。 彼が出てればなんでもいいと思ったし、いったい他にどんな映画に出ているのか知りたかった。

ハードボール だけど、がっかり。 綴りを正しく打っても、キアヌ・リーブスでは何もでてこない。 スペインではマイナーなのかと思いながら、あてずっぽうに機械をいじっていると、偶然"HARDBALL"という彼の主役の映画にぶちあたり、すかさず借りた。 うーん、これが以外と私の中では大ヒットで2日間で3回も見た。
借金でぼろぼろになったキアヌがお金目当てで少年野球の監督を引き受けているうちに、自分の人生も更正してまっとうな人間になってしまうという話。お相手の女優はダイアン・レーン。
キアヌが地味な役だがとてもかっこいいし(私にとって)、よく見ると台本が良く出来ていて、良い話なのである。 これほんとです。映画自体お金もかかってないみたいだし。でも、よくTVや映画である"そんなわけないだろー"っていうのが、極力少ないのです。黒人の少年との心の通いも偽善者っぽくなくていいです。お勧め映画です。

 さて、これを見終わったら、もう私はすっかりキアヌに恋してしまって、またレンタルビデオ屋に??? と、思ったが、ちょっと日をあけないと、旦那に怪しまれる。 2日で3回も見てまたキアヌを借りてきたらしまいには、キアヌ禁止令が出てもいかんと思い、我慢しよう、とおもった瞬間!!!

 なんと、TV放映でまた昨日、キアヌの映画。今度は"NOVIEMBRE DULCE"というタイトル。 今度はきちゃった、恋愛もの。。。"HAEDBALL"のダイアン・レーンともいちおう恋愛するのだが、キスシーンさえもないほどである。

 しかし、NOVIEMBREはばりばりだ。 キアヌは相変わらず素敵だったが、映画自体はちょっと関心しなかった。 病気で命に限界のあるかわいい女性と無理矢理知り合い、恋愛するのだ。

 無理矢理、の筋書きなのである。 たぶんキアヌをつかってやってみたかっただけの監督が作った映画なのだろう。
HARDBALLとNOVIEMBRE DULCEは2001年の作品。
アメフトの選手の役の映画 "EQUIPO A LA FUERZA"は2000年。
最初のMATRIXはもう7年も前、1999年の映画らしい。

 ふむふむ。 しかし。
バルのことに関しても何かを決断して私に余裕が出てきたのか、それとも単なる暇人なのか、微妙なところである。 というわけで、キアヌ・リーブス探し、というちょっとくだらないことをしているお恥ずかしい私の私生活のお話でした。 どなたか、キアヌ・リーブスのこともっと教えてくださいな。 ふふふ。

SARA AYAKO ISHIKAWA

 

No.269

8月8日 Maki(横浜)

 日本列島に記録的な豪雨と水害をもたらした長い梅雨が明け、ようやく夏!って感じの猛暑が続くここ数日。

 全国各地、夏祭りやら花火大会やらが楽しめる時期でもある。

 つい最近まで全く予定していなかったのだけど、突然、思いもかけず地元の結構大きい花火大会に行くことになり、思わず浴衣を衝動買いしてしまった!

 浴衣着るのは6年ぶり。 2000年にスペインに滞在してた時、夏祭りで超「適当」に着たとき以来だ。(多少着崩れててもスペイン人にはわからないし、いかにも日本風だからウケがよかった) そのとき持ってた浴衣は、姉が高校の時に家庭科で作ったもので、さすがにもう古くて、絵柄的にも年齢と合わなくなってしまった。 なので、「次に花火など浴衣を着る機会があったら、新しい浴衣を買うぞ!」とここ数年は心に決めていたのだ。

 そして購入したのは、今までのとは全然違う着物チックな大人系しっとり浴衣。 麻混の何とか織り(名前忘れた)で、生成りの生地に織地の“うね”が3色のストライプ風に見えるだけで、絵柄は一切なし。 くすみピンクの帯を合わせてみた。 すごく自分では気に入っているのに、母には地味だといわれ、姉には料亭の人みたいといわれ・・・(-_-;

 8月5日がその花火大会だった。 着てみて、なんだか嬉しくって、わざわざ玄関先に出て父親に写真を撮ってもらった。 花火大会そのものが、わざわざ行くのは実は高校の時以来!ディズニーシーの花火なら3年位前に見たけど・・・ 花火はもちろん楽しかったけど、浴衣を着ていけたことで、もっともっと楽しくなった♪

 和装って、なんだか背筋も気持ちもしゃんとなるし、凛としたかっこよさがあって好き。 成人式の振袖も、大学卒業式の袴も、やっぱりとってもいい思い出だし。 着慣れてないから、着るのも出かけるのも面倒なことばかりだけど。 もっと練習して、自分ひとりでもちゃんと着付けできるようにして、もっと気軽な「お出かけ着」として浴衣や着物を楽しめるようになりたいな〜と思う。 そして、「和服の似合う素敵な大人の女性」になりたいものだ!

 

 

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