| 教えること
プロのフラメンコ舞踊活動の一端に、教授活動もここ3年くらいやっている。
教え始めたのは、自分の道が極まったわけではないけれど、自分のやっている
フラメンコの方向性が定まり、1曲の最初から最後まで、理解しながらそして、
自分を見つめながら踊れるようになった時期です。
つまり、人に何か教えたい、教えるものがある、という実感ができてから。
それまでは、自分なんかに習いたい人がいるものか、と思った。
スペインで10年間、とにかく住んでいる地元のスペイン人の前で
コンスタントに踊ってきた。でも、華々しい賞がひとつも無いのである。
賞をとれるテクニックには、今でも遠いかなとも思うけれど。
スペイン人の生徒
日本人の生徒さんに教えることが勿論多い私ですが、最初の生徒、
といえばスペイン人達でした。マドリードのクララ・ラモナ先生のスタジオで修行中、
先生が3ヶ月くらいの公演旅行に行ってしまうとき、
同じクラスを受けていた6人くらいのスペイン人達が、クララのいない間、
クラスの代教をやってくれと皆で言って来たときはびっくりした。
私は、クララに習っているくらいだから、
クララの踊りは教えられない、と一度は断ったが、あなたは、
リズム感もすぐれているし、踊りのこともよく知っている、他の先生を探すより、
あなたに習いたい、と言われた時のことは今思い出しても大事な瞬間だった。
そして、その後、ほんとうに3ヶ月、私のクラスについてきてくれた。15歳くらいの
きれいな少年はかなりテクニックがあがってしまった上、男性の踊り方について
いろいろ疑問を持ちはじめていた。
私は、彼に、私から学べることはまだあるけれども、
そろそろ、本物の大物の男性舞踏家に習いに行ったほうがいいと薦めたときも
大変感謝して去っていった。
日本人の生徒
自分の教えてる理由を考えてみた。
勿論、教えるのが好きでなければまず教えられない。
次に、どうして、スペインに来て、日本人にフラメンコを習うのか、自分の価値をそこに
探してみた。この10年間、有名タブラオから、小さい村の祭りまで、1晩踊っても
踊っても5000円の仕事から1曲踊って10万円まで、スペイン人、ジプシー達と
混ざって仕事してきた実績。
ねたまれて、靴に画鋲を入れられるときだってあったし、
オーディションのあとに呼ばれて、実力はともなっているのだか、とにかくこの仕事に
東洋人顔は連れて行けないからと言われたときだってある。
きついがありがたいと思った。
これが事実なのだ。
この技を決めたら拍手、オレ!の掛け声がもらえる、と思ったときにはもらえない。
自分がそういう邪念をとったときのほうが、声はたくさんかかる。
そう、スペイン人の客はテクニックは大事だと知っているがそればかりを重視しない。
その踊り手の心を見てやろうとする。
ギターも歌い手も、本番では、練習の200%くらいの
力をだしてくるので、それに負けずに応えると満足そうにしている。
そういった良いことも悪いことも含めてのこちら、スペインのフラメンコの“事実”を
伝えたい。
それが今の私の役割かなと思って教えている。
いろいろなフラメンコ
今まで3年間私が教えた生徒は、フラメンコシューズを持っていない、
フラメンコを見たことも無い人への体験レッスンから、
プロを目指している人までさまざまです。
責任感からすると、全部同じとはいえ、初めての人のときは緊張感が大きいです。
初めて食べた寿司が不味かったら、きっとその人は次に寿司が美味しい、
と 思うようになるまで時間がかかるだろうし、
初めてのフラメンコが何か変なものになってしまったら、
その人にとっても、フラメンコ全体の歴史や、フラメンコファンの人口のことまで
考えると、良くない影響を与えると思うと非常に緊張します。
とにかく楽しくフラメンコをやりたいという人にも、私が目指してきた純粋なフラメンコの
一部を使って楽しく踊ってもらうようにしたり、踊りだけに熱中している生徒には、
ギターと歌の重要さがわかるようなプログラムを組んだりしています。
何時間か何ヶ月か教えていると、生徒の性格を見極めるのが意外と重要ということがわかります。
褒めてしまうとそれ以上やらなくなるタイプ、応援し続けると上手くなるタイプ、
出来ないところをごまかすタイプといろいろなので、
タイプに合わせないと効果は半減します。
出来ないところを教えるのは当たり前で、良いところを見つけて伸ばすのも重要です。
教え方も、いろいろ試行錯誤を重ねて改良して行きます。
最初は、できてないよ、って言って
見本をみせればいいと思っていたが、
どうやったらできるようになるのかそこまでやってあげない
と意味は無いのだな、と思いました。
思い出の生徒達
今まで教えた全員が私の生徒と思ってますし、皆が思い出の中にいます。
しかし、人間が人間を教えるので、その関係にベールがなくなった時、これは
仲が良くなる、とかとは違って、先生として尊重するばかりでなく、人間として私と
1対1で向き合ったとき、不思議な力が流れ出します。これが師弟関係とかっていう
のかなと思います。できる、できないの結果はおいておいても、伝える早さが
強くなっていきます。
私は、日本のフラメンコを否定するつもりは無いです。
ただ単に、私がこちらで経験してきたフラメンコはこうです。
大きな違いがありますって伝えだすと、
今まで、4年、5年、6年と日本でちゃんとキャリアを積んできた人はびっくり
する場合があります。
でも、それを頭が理解しても、体がとても簡単なことが
できなかったりすると、レッスン中に知らず知らずのうちに、
瞳から涙があふれる生徒さんもいます。
私は、その魂、頑張る体と精神力に驚きます。
なんて美しい人間、と思いながら、
ああ、泣かせてしまったと焦ってもレッスンを止めることができません。
生徒は、止まらずに足を打ち続ける.......
また、最近は3年くらい経ったので、リピーターの生徒さんも増えてきて、それがなにより
嬉しいです。皆、これくらい上手くなりましたけど、チェックしてくださいって挑戦状を
もってきたり、妊娠した身重でやってきて、お腹の子供も含めてレッスンをしてください
なんて嬉しいニュースとともにやってきてくれたり。
本当に、皆忘れられない私の生徒です。そして、私は、私の生徒が喜んだり、満足
するとき、私の先生達に感謝します。
私をここまで導いてくれた先生達。
相田照枝、竹下茂、マリキージャ、タティアナ、クララ・ラモナ、イサック、マルハ
・パラシオ....
日本のフラメンコ
日本でどうしてこんなにフラメンコが流行るのか、という質問は後を絶たない。
牛追い歌がフラメンコに似ている、という説もあるし、いろいろだ。
あくまでも、私の説を唱えて文章の終わりにしたいと思います。
牛追い歌もそうなんだな、と思うけれど。
私は、日本人の繊細な神経っていうのが、ジプシーのそれと
にているところがあるのかな、と思う。
でもその前に、フラメンコはスペインのものではなくて、
ジプシーのもの、という考えが前提としてあります。
スペイン人は、当然、その土地の人たちだし、言葉も同じなので上手くフラメンコを
やるが、私からみると、ラテン系の彼らには繊細さ、真面目さに欠けるところがある。
ジプシーはインドから来たのである、宗教的にも、地理的にも日本に遠いことはない。
ジプシーは別格の大先生としておいて、
スペイン人対日本人とした時、うまくやれば、
日本人のフラメンコはスペイン人に勝てる、というのが私の説です。
もちろん、芸術は、勝ち負けではないです。
ハンデは大きい。言葉が違う、体型が違う、顔が違う、でもこれが事実、現実。
でも、真面目さ、勤勉さだけで練習して、勝とうと思わず、心の繊細さに頼って
フラメンコを理解していったら、きっと普通のスペイン人より理解ができるはず。
スターウォーズのジェダイの騎士は技を使うとき心を先に集中させます。
あんな感じが日本人のフラメンコに非常に足りない気がします。
もう技術は十分、練習も十分。
私の生徒達よ、私がやってきた10年を半分くらいでクリアして、次の世代に
良いものを伝えてくださいな。
これが私の生徒達への愛、フラメンコへの感謝と愛です。 |