ちょっと前のわたしたち

【No.145】8月4日 TOSHIO * 【No.146】8月11日 むく
【No.147】8月18日 Maki * 【No.148】8月26日 かおる

No.148
8月26日 かおる(マドリード)

 こちらに住んでいると、個人差はあれ多かれ少なかれ必ず経験することになる、一つのテーマ。「東洋人」としての自分を再認識させられること。

 よく東洋人蔑視が話題になったりするが、チノ、チナ(中国人の意味)と呼ばれることについてあまり大きな嫌悪感を私は持たない。まぁ、言われ方にもよるが。バヤ・チニータ(うわ!すごい中国人)とか、ケ・チニータ・マス・ボニータ(かわいい中国人だねぇ)というピロポ(賞賛をこめたひやかし)だってかけられることもあるし、使う側が必ずしも東洋人蔑視として使っているとはかぎらないから。

 でも、例えば先日の話。
 友人が25人くらい集まる予定の食事会の予約を私が担当した。「友人が集まる食事会」と言ったのだが相手は予約担当をした私の容姿から勝手にチノが25人も来ると想像したようだ。

 「今から中国人の団体がくるぞ」という話が広まっていた。

 実際は、日本人(この日の集まりでの東洋人は日本人だけだった)は全部で5人という少数派だったのだが、バールでアテンドしていた若い男性はそんなことは知る由もなく、先に到着してアペリティブを取っていた友人におもしろおかしくそれを話した。その友人がかなり憤慨して「それで?だいたい東洋人が予約したからといって東洋人ばかりが来るとは限らないじゃないか。じつは僕たちもその予約に入っている友人仲間だよ」と返答するとちょっと恥じたように、冗談でごまかしたそうだ。

 迎える相手からすれば予約担当がたまたま東洋人だったら「その友人メンバーはみな東洋人だ」というような固定観念があったのか。例えばこれを予約した人が同じくみためが外国人でも東洋人の容姿でなく、ドイツ人のような容姿だったらどうだっただろう。別にドイツ人の団体が来るだろうとは考えなかったのではないか。
 確かに東洋人は同胞の仲間内で集まることが多いように思う。それは事実。それがこのように単に予約担当が東洋人だったから、その日の集まりはチノたちの集まりという安易な推測に結びつくのか。

 まぁその推測はそれでよいとしよう。ただ、今回私がカチンときたのは、あまり歓迎ではないような言い方でそれを同胞と思った人におもしろおかしく伝えたこと。もし全員がチノだったとして、なにをそんなふうに他人に伝える必要があるのか。いやなら最初から断ればいい。あきらかに見た目が違うから、と私の友人をあのチナの仲間じゃない、と判断したその男性の周囲には東洋人の友人はいないのだろう。自分の言動が差別的とは気が付かなかったのかもしれない。

 無知からくるそんな、「あなたたち」と「わたしたち」を隔てる壁。それに時々ぶつかることがある。例えば今居住している家に私が引越ししてくるときも、「チナが引っ越してきて縫製工場をつくるらしい」とかいううわさが近所に飛び交っていてびっくりしたことがある。今はそんなことを言っていたことなんて、もちろんみんな忘れてしまっているだろうけれど。相手がよっぽどの人種差別主義者でないかぎり、最初の壁はコミュニケーションをとるうちに解消する。
 今回の食事会でも最後にはそんなわだかまりもなく、ことは比較的スムーズに進んだし、最後にお礼の言葉をかけた私にも「いつでもまた来てね」とは声をかけてきた。悪気はないのだ。
 でも、ときどき、オイ、やめてくれよ、またかよー、と気分がちょっと曇るのもまた事実。
 ちょっと愚痴ぽくなってしまったけれど、ある程度は仕方のないこと、と割り切るしかないのか。同じような経験をされた方も少なくないと思うけれど、めげずに頑張りましょう。



No.147
8月18日 Maki(横浜)

 長い梅雨がやっと明けたと思ったら、各地に大被害をもたらす大型台風。さらに前線停滞で関東は大雨、8月なのに寒くてトレーナーを着ている毎日だ。

 そんな異常気象のお盆休み、久し振りに家族旅行に行った。それも、うちの両親と姉一家、姉のダンナのご両親という大所帯、総勢9名。珍しいことに姉夫婦は両方の親どうしが仲がよく、今回の旅行も向こうのご両親に前々から誘われていたものなのだ。行き先は栃木県・鬼怒川温泉。私は小学校の修学旅行で日光に行ったことはあるけど、鬼怒川は初めてだった。

 でも、わかっていたとはいえ、毎日雨ばかり。観光しようにも、朝からずっと雨。急流下りも、縁日も、花火も全部このところの悪天続きで中止になっている。東部ワールドスクエアでミニ・サグラダファミリアでも見ようかと思ったけど、この雨じゃとても行く気にならない。移動は車だからまだいいけど、降りれば濡れるし滑るし寒いしで、杖がまだ手放せない私にはもう大変。おまけにとにかく寒い。自動販売機で夏には希少なホット飲料を買って懐に入れ、パーキングのたびにトイレ、お昼にはカレーうどん・・・とても夏休みとは思えない。

 それでも、私にとっては足の手術後初めての温泉、久し振りの遠出旅行。宿では露天風呂でのんびりして、部屋で宴会して、おいしいお酒飲んで。姪っ子たちは庭で見つけたクワガタに大はしゃぎ。自然に囲まれた温泉地で、悪天候なりにけっこう楽しく過ごした3日間だった。もちろん、カ〜ッと晴れてくれればもっと夏らしい過ごし方ができたんだろうけど。

 「暑中」がないまま「残暑」になっちゃいそうな毎日。いや、それさえないまま秋になっちゃうんじゃないでしょうね?それはちょっと寂しいよ〜。閑散としている海の映像がTVに映るたびに、もう過ぎ行く夏を恋しく思う。今週からはなんとか太陽が出てくるみたいで、週間予報を見てとりあえずほっとする。

 スペインをはじめとしてヨーロッパ各国では異常な猛暑が続いて大変そうだけど、ちょっとだけその太陽を分けて欲しいなぁ、などと考えてしまうのだった。ま、暑すぎるのも困るんだけどね。



No.146
8月11日 むく(マドリード)

 母校のスペイン語会話クラブが部員数の減少により解散したことは過去のこの欄に書いたことがある。

 当時の生活は、授業でスペイン語、昼休みと放課後は会話クラブの活動とスペイン語漬けの日々であった。夏と春の合宿、秋の語劇練習、秋の語劇の自主公演と関西学生イスパニア語連盟の語劇コンクール、後輩の新入生暗誦大会に向けた泊まりこみでの練習などなど、思い出は尽きることがない。特に2回生のときに出演した喜劇で初めて我が母校が優勝したことや部内の暗誦大会で優勝したことなど良い思い出がたくさんある。当時のことはいまだに時々夢に出てくることがある。

 部員数の減少によるクラブの解散は非常なショックであった。特に海外にいたことで解散式の案内が届かず、後になって知ったことで非常に悔しい思いをしたものである。

 ただ、クラブの解散が契機となってOB会のメーリングリストが発足し、その後何人かの会員の消息も分かり、日本への帰国時には誘い合って飲みに行くことも増えてきた。帰国時の楽しみが増えたというものである。

 先日はOB会が開催されるという嬉しい書き込みがあった。何年ぶりのOB会であろう。恩師も出席されるらしい。OBの中にはロシア出張から帰国したその足でOB会に出席される人もいる。もちろん僕も出席の返事をした。なに、OB会出席のためだけの帰国でもいいだろう。いまからその日を指折り数えてわくわくしているこの頃である。



No.145
8月4日 TOSHIO(日本)

 8月3日、米国出張を終えて帰国した。今回訪問したのは、ボストン、ニューヨーク、ダラス、サンフランシスコ、サクラメント、ロスアンジェルス、二週間の旅だった。

 ボストンでは、MITを訪問し、最新科学技術の世界最先端を歩む科学者達と面談した。ノーベル賞受賞者の利根川教授にもお目にかかり、研究室を訪問しご自宅にまで招かれ晩餐をご馳走になった。利根川先生の高潔なお人柄、サイエンスライターとして夙に高名な奥様の吉成真由美さんの完璧な接客振り、そして素晴らしく躾のよい三人のお子様達には感銘を受けた。

 土曜日は、ボストン・フェンウェーパークで野球観戦。ヤンキース対レッドソックス。お目当ては、勿論、松井。左翼を守る松井のすぐ横、三塁側で観戦し、攻守交替の度に目の前を通る松井に大声で声援を送るも、一打席目三球三振、その後も彼のバットからは快音は聞かれず、結局4タコ。試合も、ヤンキースのサヨナラ負け。結果はともかく、フィールドと観客が一体となった本場大リーグの野球観戦の楽しさを満喫した。

 ニューヨークでは、ブロードウェーでライオンキングを観劇後、グラウンドゼロを訪問し9/11の悲劇で尊い生命を亡くされた方々の冥福を祈った。

 ロスアンジェルスでは、ビバリーヒルズとハリウッドを訪れた。南カリフォルニアのキラキラした太陽の陽射しは昔のままだった。翌日は、ナッツベリーファームに遊んだ。可愛いスヌーピー、西部開拓時代のゴーストタウン、強烈なスピードで天空を駆け巡る絶叫ライドEXCELATOR。それぞれ心を弾ませる力を持っている。泊まった宿は、ナッツベリーファームに隣接するRADISSON RISPORT。ここには、スヌーピールームなる部屋があり、毎晩、スヌーピーがおやすみの挨拶に来てくれるという、スヌーピーファンには堪えられない趣向を売り物にしている。スヌーピーファンにはお勧めのホテルである。

 久しぶりに、仕事と仕事以外の両面でアメリカに接した。86年から90年まで暮らした国。娘達二人が生まれた国。いつかまたこの国アメリカで暮らし始める事があるのだろうか。

 

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