ちょっと前のわたしたち

【No.132】5月5日 かおる * 【No.133】5月12日 Taka
【No.134】5月19日 Meche * 【No.135】5月26日 Sara

No.135
5月26日 Sara(マドリード)

 “時の流れに身をまかせ?”
 スペイン生活8年目。仕事、フラメンコの練習、遊び、私生活。まだまだバランスを取るのにとても、とても苦労している私です。住み始めた頃は遊んでばかり。おっと!私はフラメンコの修行のために来たはず!と思った時は練習ばかり。スペイン男にもはまった。そう、スペインにいるから、というよりも、生活のバランスを取るのは私にとっての永遠のテーマなのです。
 その原因は、一見、自分自身をしっかり持っているように見えても何事にも影響を受けやすく、流されやすい私という人間のせい。でも、いままでの人生、本当に運が良いというか、なんとなく良いように、都合良く生きてきた。良い人々にめぐり合ってきたからだ。でも、もう流石にここからは、自分で選択して、自分でなんでもやりなさいと天から言われ続けてる感じのする最近、おもしろくて、私にとって刺激になる出会いと活動が始まった。

 “フラメンコの課外活動”
 アナとは一緒のフラメンコ教室に通ううちに仲良くなったのが出会い。ある日、彼女とビールを飲んでいるうちに、フラメンコはお金にならないよね、という話になった。そう、私もプロで活動してますなんていっても、レッスン代、衣装代諸々、踊りのギャラを考えたらフラメンコで食べてなんていけないのだ。彼女は真面目な瞳で、グループをつくって春や夏祭りの時期に稼ごうよと言った。私は、いいわよと、返事をしておいた。
 彼女のやりたい事の意味はわかったけれど、いったいどうするのか見当もつかなかった。彼女は黙々と実行していった。口だけの私とは大違い。まずは自分の友人達の中から踊り手4人を集めた。みんな違う教室で習っている。集まった理由はせっかく習っているフラメンコで一稼ぎしようというアナの意見に同意しただけ。踊り手だけでどうするのかしら?と思っていたら、アナはいろいろなところに張り紙を出して、ギタリストと歌い手の同士もどこからともなく集めてきた。練習は課外活動のようなものなので、土曜か日曜に集まって行なったが、なんせ勉強中の身の集まりなのでどうしたらいいかわからなくて、にっちもさっちも進まない時も多かった。
 そんなこんなで2ヶ月経った。その間もアナはいろいろなフラメンコバーをめぐってグループの宣伝をしていた。そして、今月初め、とうとうマドリードの繁華街のど真中に新しく開くフラメンコバールのオーディションのチャンスを取ってきた。無我夢中で皆がそのチャンスに向かって突進した。
そして結果は…?  合格〜〜〜!!!!!
という訳で、先週から私達のグループは毎週日曜日のレギュラーで踊っているのだ。グループの名前は“Pescai'to Frito”(ペスカイート・フリート)でなんと、歌い手2人、ギター2人、パーカッション、そして踊り手4人。合計9人、欠席者が出ても大丈夫、という人数だ。
 “Pescai'to Frito”は訳すと魚のフライ。高尚な名前もいろいろ候補にあがったけれど、なんせ、フライにされて、ひーっといっている魚のイメージが私達にあってるというのと、魚のフライはフラメンコの発祥地であるアンダルシアで庶民に親しみのある料理であるからという理由からです。
 グループの中の2人は、食べていくのがやっと、というメンバーもいる。少しのギャラだけど、月に4回やれば食費の足しに充分なるのだ。アナだってぎりぎりで暮してる。私は、貯金に頼って、それを削りながらほやほや暮してきているので、アナを始め、このメンバーと出会って皆を尊敬している。自分の好きな芸術で食べるためにもっと必死にやってる。私にはその努力が足りない。あたりまえのことだけれど、メンバーそれぞれ得意、不得意があり、それぞれがグループがより良くなる為に意見していく。9人のうち、7人がスペイン人だけれど、フラメンコのステージ数をこなしている私の意見を皆が非常に尊重してくれているのを感じる。これから“Pescai'to Frito”がどう成長していくのかは、私と皆の努力次第だけど、このグループが実現したのも全てアナの強い意志のおかげだと思う。
 マドリードの仲間に電話したら、オーディションの時から見にきてくれて、本当に心強かった。ありがとう!

 前向き、前向き。頑張ろう、頑張ろう!って言っても、たまに倒れそうになるほどくじけるけれど、そんな感じでやってます。
 では、また!

Sara Ayako Ishikawa



No.134
5月19日 Meche(京都)

 ゴールデンウィーク真っ只中、友人に頼まれてチャリティーイベントの司会をした。 “Corazones Amigos コラソネス・アミーゴス”ペルーの貧しい村に小学校を建てる資金を募るイベントだ。今まで何度かチャリティーイベントの司会を務めたことがあるけど、どれもすべてペルーの子供たちのための募金活動だった。

 今までにいろんな国のラテンアメリカ人と知り合った。アルゼンチン、コロンビア、キューバ、エクアドル、メキシコ、ドミニカ、ペルーetc。日本に住んでいるラテンアメリカ人の多くは、仕事を求めてやって来た人たちだ。なかでも比較的貧しい国に位置づけられるペルーからは、たくさんの出稼ぎ労働者が日本に来ている。

 これはもちろんすべての人の話ではない。でも多くの出稼ぎ労働者の日本での生活は、決して楽なものではない。日本で労働をおこなう場合、たくさんの書類や手続きが必要である。それらの中には、たとえば就職先の会社の資本金から従業員数、経営状態など、個人で調べるには難しい様々な情報を必要とするものもある。そこで彼らはそのややこしい手続きを代行してくれる会社と契約をする。早い話がその代行会社の社員になって、本来働く会社へ派遣される形をとるのだ。こうすれば日本語の話せない彼らも無事就職できるし、雇い主も外国人を就労させるための煩わしい手続きから解放される。
 しかし実際の問題はここからだ。代行会社は当然彼らに支払われる給与から毎月手続き料を取る。書類上“代行会社の社員”である彼らの給料は一旦代行会社を経由して、彼らの手元に届くのである。つまり働いている彼らは、実際自分がどれだけの給与を稼いでいるのか、代行会社がその中からいくら取っているのか知らないのである。
 以前そういう状況下にあるペルー人から、待遇改善のために会社と直接交渉したいので通訳をしてもらえないかと頼まれたことがあった。日本に来て5年になるという彼は、驚くほど日本語が話せなかった。「週末に出掛けたりしないの?日本人の友達は?」と尋ねる私に彼は言った。「仕事場では一人で作業をしているし、週末は疲れているから出掛けないよ」 日本語が話せないということは彼の環境をより悪くしていた。日頃から社員たちとコミュニケーションをもてていない彼の立場はとても弱かったし、たいした知識も無い私は結局何の役にも立てなかった。謝る私に彼はただ仕方ないと言って少し笑った。ただもくもくと一人黙って肉体労働に従事してきた彼のこの5年とこれからも続いていくであろうその日々を思うと、自分の無力さに胸が痛んだ。

 しかしこの異国の地、日本に生きるペルー人たちは強い。自分たちだって決して恵まれているわけではないのに、祖国の貧しい子供たちのことも忘れない。出稼ぎ労働者の数はトップクラスだけど、チャリティーイベントの開催数もトップクラスだ。

 今回が第一回目だったイベント“Corazones Amigos”は、たくさんの人々の温かい思いやりに支えられ、成功のうちに幕を下ろした。最初から最後まで8時間以上も参加していた私は、もう歩けないんじゃないかと思うぐらい足が痛くて、家までの道のりを考えたら泣きたくなるぐらい疲れていたけど、あの日何もしてあげられなかったペルー人の彼のことを思い出していた。
 私は私が出来るやりかたでがんばればいいよね。このチャリティーはペルーの子供たちだけじゃなくて、あの日から心の奥に小さな痛みを感じていた私をも助けてくれた。

 もしもいつかまた彼に会うことがあったら、今度はごめんねじゃなくてこう言おうと思う。「オラ・アミーゴ、世の中そんなに悪いことばかりじゃないよね!」



No.133
5月12日 Taka(東京)

 とにかく毎日がドタバタ劇。寝る間を惜しんで何かをしている。6月の旅行に向けていろいろなことを頑張れるように気分を高める『ラテン・ベストセレクション』の最新、TakaバージョンCDも作ってみた。トップはリッキー・マルティンの"Jaleo"だ。 
 
 このCDを聴いていると元気になる。とにかく、私はノリノリで仕事を片付けていた。そして、寝る間を惜しんで旅程を練り、人と話し、よく飲み、そして、いつも、「どうしてこんなに私は幸せなのだろう? 毎日が楽しくてしかたない」と、アホみたいなことを呟いていた。最近の悩みと言えば、もっとギターの練習しなきゃとか、もっとスペイン語の勉強しなきゃとか、旅程をどうしようとか、痩せなければという程度だった。仕事にうつつを抜かしている場合ではない。もっと、プライベートを充実させなければ!! と本気で思っていた。その、充実のための補充がこの6月の旅行だったのだ。

 スペインとキューバの旅行計画にも本格的に熱が入り始めていた。キューバで合流するはずの友達は残念ながら今回は行けなくなり、結局、一人旅での練り直しだった。またも寝る間を惜しんでインターネットとにらめっこをする。日本−スペイン−メキシコ−日本をカバーできる世界周遊券にメキシコ−キューバ間の航空券をプラスすると、航空券代が30万をラクに越えてしまう。これは高すぎ。日本とスペイン、日本とキューバというようにそれぞれを往復した方が安くつくことになる。しかし、それもいかん。ロスタイムが多すぎだ。そこで決めた。スペインに1ヶ月滞在し、その間にキューバに往復すればいい。

 スペインの旅行代理店に問い合わせのメールを何通も送り、約700ユーロでキューバとスペインを往復できるチケットも見つけた。これで予算も時間も大幅にカットできることがわかった。完璧だ! 残すは、旅程を確定させるのみとなった。
 しかし、そんな矢先、とある仕事関係者から呼び出された。

 「6月に本当に1ヶ月間、いなくなるつもり?」「へ? そうですよ」「もう、それは決定させたの?」「な、何か問題でも?」「いや、問題というわけではないんだけど、いや、問題なんです……」「は?」「1ヶ月の旅行というのはちょっと……」「ちょっとって、何が? へ?」「いや、前回の旅行から半年でまた1ヶ月というのはちょっと……」「6月に何かありますかね?」「いや、対外的にね、ちょっと」
 つまり、人々が休みを取らない時期に1ヶ月間の旅行に出かけるというのが対外的にまずいという話である。ちなみに私の仕事上の年間スケジュールでは6月と12月が最も休みをとりやすく、調整すれば、それぞれ1ヶ月の休みがとれるのだ。その休みは、誰に迷惑をかけるものでもなく、仕事上になんら支障をきたすものではない。

 「私のバケーションをどう使おうとそれはかまわない話では?」「いや、それは日本にいていつでも連絡がとれるということを前提にしているわけで、海外へ出かけるのだけは自粛して欲しい……」「対外的にの意味がわからないので、納得のしようがありませんが……」「今回はとにかく自粛して欲しい。立場を考えて、それでも行くというのであれば、こちらの願いは聞き入れてもらえなかったということで、緊急に対応を考えなければならない」

 久しぶりに宇宙人の声を聞いた気がして気が遠くなった。私には、どうしてもわからない。『対外的にマズイ』という言葉の意味がよくわからない。結局、その意味は語られないまま、「自分の立場を考えてせめて2週間で帰ってきて」という話に落ち着いた。とはいえ、私の気分は盛り下がりもいいところ。自分の立場とやらを振り返って、なんらマズイとは思えないが、私にわからないだけなのだろうかと考える。私にはわからないけれど、一般的にはわかる話なのだろうか? 毎日が幸せから、一気に奈落の底へと転落。いまは、鹿児島の実家に戻って、その続きを考えている。さあ、6月はどうしたものか…



No.132
5月5日 かおる(マドリード)

 ふと気が付くと、ずいぶんと激しい口論をするようになったのだな、と思った。

 あるイベントに使用する商品を受注した。数年前から懇意にしてくれている大事なクライアントからの仕事。いままでに取り扱いのない商品で、1年程前から仕事の話をもちかけてきていた人物と、下準備までの製品を取引することに決めた。ところが、トラブル続き。通常、トラブルはきちんと対処すれば、実害を及ぼすことなく事態を収めることができる。しかし、その「きちんと対処」には努力と気苦労がつきもの。仕事上のこのような原則は、スペインでも日本でも同じなのだ。
 しかしながら、その人物はトラブルの責任から逃れることしか考えなかった。「僕にはなにもできない。」商売上の倫理から言うと責任は彼にあり、私から見れば、できることは大いにあるのだが、その点をとやかく言っても埒があかない。敵は「悪いのは自分ではない、自分も努力はした」の一点張り。いつまでたっても逃げの言い訳ばかりに、ついに怒った。本気で怒った。

 作業を手伝ってくれている、近所のバールに集まる仲間のような人たちがいる前で、多分、鬼のような形相で、畳み込むようにして相手の逃げの一手の姿勢を非難し、どの対処が悪いのかをつつきまくった。自分でもかなりやったな、と思う。普段はそこそこおとなしい東洋人、というイメージがあったはずなので、かなりみんな驚いていたようだ。あとで聞いた話、「まるで、軍曹のようだな」と居合わせた人が言っていたらしい。

 自分では(頭はカッカしているが)理論的に相手の約束不履行を指摘しているつもりではあったが、おそらく言葉の端々に怒りの感情をむきだしにしていたはずだ。これは反省するポイントが多いな、と思う。最近のこちらのテレビ番組はやたらと口論になるものが多い。討論のはずなのに、それぞれが自己主張を崩さず相手に口をはさむ隙を与えず、半分わめくように強引に自分の意見を押し込む。見るに耐えないような見苦しいものも多い、と思うのだが、おそらくこれと同じようなことを自分もやっているのだ、と気が付いた。

 口論というか、言い合いになったときの手法というのかは、かなりこういうテレビ番組の影響を受けているように思う。外国人であるがゆえ、対処の方法というものは今までの自分の経験よりも周囲の人間や実際に自分が見聞きしたことに大きく影響を受けるように思える。アクセントや言い回しも含め、それこそスペイン生活での「お里が知れる」場面でもある。
 また外国人である宿命、「口」というハンディで負けるのは以前から悔しくて、それだけは自分に許せなかった。それを克服したつもりではいたけれど、もし客観的に自分を見ていたなら、テレビ番組と同じような見苦しい応酬だったのだろうと思う。

 そろそろ、これではいかんな、と思い始めた。見苦しくない、スマート、かつ強力なインパクトを持ちうる静かな自己主張術、だれかお手本示してください。

 

ちょっと前のわたしたち

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