ちょっと前のわたしたち

【No.128】4月7日 Norie * 【No.129】4月15日 Sara
【No.130】4月21日 TOSHIO * 【No.131】4月28日 むく

No.131
4月28日 むく(マドリード)

 Semana Santaの4連休でValladolid、Gijo'n、Leo'nと車での小旅行を楽しんできた。

 連休初日の木曜日、午後2時ちょっと前にValladolidを目指して出発。出発が遅かったのでそれほどの渋滞にもあわず、早く着き過ぎるなと思ったところでのろのろ運転になる。渋滞と呼ぶほどのものではなかったが、結局3時間かかってValladolidに着いた。距離からすると30分ほど余分にかかっている。

 ValladolidではML仲間のお宅にお世話になった。村だと聞いていたのでもっと田舎を想像していたのだが、結構都会であった。それでも散歩の距離内に川や林がある生活はMadridでは考えられない。大いに自然を満喫させてもらった。

 翌日は早朝にGijo'nに向けて出発する予定であったが、偶然にもLeo'nに住むMさんが別のML仲間と一緒にValladolidに遊びに来るとのこと。彼女は僕の出身大学の同じ学科の後輩で、一度電話で話しただけでこれまで一度も会う機会がなかった。せっかくの機会なので彼女達の到着を待って出発することにした。

 挨拶だけのつもりが総勢12名で羊を食べに隣村まで行くことになった。共通の話題もあって話が弾んだ。当初は最終日はSantanderに行く予定であったが、彼女が住むLeo'nに目的地を変更することにした。

 Semana Santaは雨が降ると言われるらしいが、言い伝えどおり途中から雨になった。Gijo'nでは雨のためにSemana SantaのProcesio'nが中止になった。Leo'nでもProcesio'nが終了する頃に雨がひどくなり、濡れながらホテルに戻る始末であった。

 夜は後輩とそのご主人、我々二人と4人で肉を食べに行く。ワインを飲みながら話が弾み、すっかり遅くなってしまった。

 いよいよ連休の最後の日、Madridに向けて出発である。午後は車の渋滞が予想されるので朝食の後すぐに出発した。やはり最後も雨である。出発時にガソリンを満タンにし、それ以降はMadridまでノンストップ。途中で一部のろのろ運転のところはあったものの比較的順調に我が家に到着、所要時間は約3時間半。独り者だったら我が家で本でも読んで過ごすところだが、まぁ充実した連休ではあった。



No.130
4月21日 TOSHIO(日本)

 先週の欧州出張の帰路は、家族と一緒だった。娘達もイースター休暇。二週間と短くはあるが、久し振りに家族水入らずで過ごす為である。妻とは、一足先にパリのシンポジウムのパーティに同伴で出席する為に既に逢っていたが、娘達に逢うのはクリスマス&ニューイヤーをアメリカ西海岸で一緒に過ごして以来、三ヶ月ぶりである。

 4月12日(土)、フランクフルト空港の名古屋行きLH便の搭乗口で待ち合わせた。当日、私はパリからフランクフルトで名古屋行きの同じ便に乗り換える事になっていた。妻と娘達は、新しく開通したドイツの新幹線で我が家からフランクフルト空港まで僅か一時間足らずでくる事ができた。僅か三ヶ月前に会っていながら、この度娘達に会って驚いた。ますます背が高くなり、いよいよ女らしくなっている。長女は16歳になったばかり、次女はもうすぐ15歳である。妻と娘達の三人が一緒に歩く様は、もう、母が娘二人を連れて歩く以前のイメージではない。すっかり、独立した三人の女達が一緒に歩いている風情である。娘達が順調に健やかに成長している事を嬉しく思うと同時に、彼女達が子供から大人に変貌を遂げていく大切な時期を一緒に過ごせぬ事を父親として残念に思った。

 思えば、インター校に学ぶ長女はもう後二年で、予定通り行けば、進路の如何に関わらず家を出て巣立っていく。インター校より一年長いギムナジウムで学ぶ次女はあと五年。親離れする前の貴重な歳月。娘達の親離れはゆっくりではあるが確実に進んでいる。果たして、妻は子離れできるのであろうか? 長女は、妻も知らない内に独りでドイツから東京のモデルエージェントにメールコンタクトしアルバイト先(候補)を探してきた。来日早々エージェントと面接しに母親と上京した。今年の夏休みは、長女のみ一ヶ月間アルバイトの為に再び来日の運びになったようである。

 今回、短くはあるが家族と一緒に暮らしながら、父親が家族といつも一緒にいてやれぬマイナス面も確かにあろうが、日本とドイツに離れて暮らすことにより、娘達が世界をより小さく一つに感じボーダーレスな世界観を養うことができるプラス面もあるではないかと思うに至った。家族は欧州に暮らし、父親は日本に単身赴任という今の状況にもポジティヴな側面が間違いなくあるぞと、無理やりかも知れぬが、そう考えられるようになった事を嬉しく思う次第である。



No.129
4月15日 Sara(マドリード)

 最近の私に刺激を与えてくれた二つの事を書いてみようと思います。
 一つは、日本から演奏ツアーにいらしたピアニスト上原由記音さんのサラマンカ公演に行った事と、もう一つは、以前暮していたグラナダに久しぶりに行き、グラナダのフラメンコを堪能した事です。

−上原由記音さんのサラマンカ公演−

 上原さんは二都市の由緒あるコンサートホールで演奏しました。3月27日のサラマンカ大学と、30日のグラナダのマヌエル・ファージャ音楽堂です。私は残念ながらグラナダの演奏は他の仕事と重なり、行けなかったのですが、サラマンカの演奏同様、あるいは更に増して素晴らしかったと聞いています。

 両日の演奏内容は、第一部が日本の音楽、第二部がスペイン・キューバ音楽でした。当日はスペインでは珍しく雨の降るなか、会場には、ほぼ時間通り人々が集まり ました。会場は雨のせいもあり、寒い中、演奏が始まるのを観客は待っていました。上原さんが艶やかな着物で現われると、観客はすっと背筋を伸ばして初めの 音色を待っているようでした。
 第一部では私にとっては懐かしいメロディーを沢山見つける事ができました。それらのメロディーを、上原さんはこんな風に弾くんだなぁ、と聞き入りました。日本のメロディーにあまり聞き覚えのないスペイン人には、同じ曲もまた違ったようにそれぞれの耳に届くのだろうな、どんな曲に聞こえるかな、と思いました。その日の雨も、日本のメロディーを聴くにはちょうどよく、心地よささえ私は感じました。
 第一部でしっとりしていた私に、第二部の上原さんのスペイン・キューバ音楽の演奏は潔く、爽快。ピアノのタッチは力強いけれど、繊細。衣装も第一部での艶やかな色とは対照的に、薄い水色のドレスで登場し、雨雲を払うかのような演奏だと思いました。

 私もフラメンコという音楽を踊りで表現しようとする立場にいます。今回は、サラマンカ公演の前日から上原さんに同行し、コンサート当日を含めて、彼女から刺激を受けました。“弾く事”に対する集中力が素晴らしいと思いました。ピアノのチューニングに対するこだわり。リハーサル時の集中力。自分の体調、精神力の調整。そして、自分の表現したい曲、表現したい音がとてもはっきりしているように思いました。しかもそれが上原さんに合っていて無理のない自然な音、演奏になっているなと思いました。次回、上原さんとの再会と演奏を聞くのを楽しみにしています。

−グラナダのフラメンコ−

 サラマンカ公演後、グラナダで仕事をしていた私は、お客様とサクロモンテの丘(昔、ジプシーが住んでいた洞窟住居があり、フラメンコが盛んな地区)にフラメンコを見に行きました。グラナダは3年程住んでいたので、事情は詳しいわ、と、5〜6箇所フラメンコが見れるタブラオのうち、いかにもグラナダらしい、洞窟フラメンコを見に行く事をお客様に薦めました。特に有名なスターが出ているわけでもないけれど、舞台と客席が同じレベルで境目が無く、まるでジプシー達の家族の宴に紛れ込んだかのような疑似体験ができるのです。実はその洞窟フラメンコにて、グラナダ公演を終えた上原さんと偶然再会することになりました。
 お客様には、フラメンコにもいろいろタイプがある事や、今夜のフラメンコの特徴を説明したけれど、上原さんにはあまり説明する暇がなかったので、私はちょっと心配していました。確か、上原さんはフラメンコ初めて見るって言ってたような?日本で有名なフラメンコは綺麗な若いおねーさん、かっこいいおにーさんが華麗なステップで情熱的に踊るイメージが先行している?そういうフラメンコが見たかったのかしら?
 今夜の洞窟フラメンコはお腹がスイカのようなおじさんやしわくちゃのおばーちゃんが好き勝手に舞台を仕切っている…。そっとお客様と話す合間に上原さんを見ると…!!!にこにこ笑ってとても楽しそう。そう、フラメンコのタイプは、限りなくあるのです。世界をかけまわって公演しているアーティストも、この太ったおばちゃんも“フラメンコ”。
 私もしばらくマドリードに住んで、マドリードのフラメンコに慣れてきたこのごろ。どちらが良いとか悪いとかではなく、漬物同様、それぞれの味があるのだ。お客様も上原さんもおじちゃん、おばちゃんの予測のできない芸風に大笑い。私もほっとして自分も楽しむことができた。
 久しぶりに味わったグラナダのフラメンコは以前住んでいた頃にも何回も見たにもかかわらず新鮮で楽しかった。いつの間にやらテクニックにこだわっている自分にも気がついた。テクニックももちろん大事。それが無くては話にならないのだけれど、それ以前のもの、私が最初に好きだ、と思ったフラメンコがあったのだなぁ、と懐かしく思いながら、一晩思いっきりグラナダの洞窟で楽しんできました。

Sara Ayako Ishikawa


No.128
4月7日 Norie(バリャドリード)

  唐突だけど、スペイン人って洋裁をする人が少ないのだろうか。本屋をのぞくと、ずらずらと並んだお料理の本はすぐに目について、次に刺繍や編物の本や雑誌が並ぶ。洋裁の本は極端に少ない。あっても薄っぺらな雑誌が2、3種類程度。スペイン語で何と言うのか知りたいので、「洋裁の基礎」みたいな本が欲しいのだけど、なかなか見つからない。

 布地専門店に入っても、ベッドやソファー、カーテンなどのオーダーメイド受付が中心だったりして、日本の手芸用品店のように、多種多様な布地はもちろん、アイロン両面接着シートやバイアスメーカー、くるみボタン作成キットなどなど、きめ細やかな手作り材料が揃っている、なーんてところは皆無。(少なくともバリャドリードでは見つけられない。)

 まぁ、もちろん選んだ布地をメーター単位で切り売りしてくれるお店もあるし、エル・コルテ・イングレスの手芸コーナーに行けば、バイアステープや飾りボタンなども売っているのだけど、ちょっとずつ何かが足りないのだ。例えばニットのバイアステープとか、キルト芯とか、クッションの綿とか。さすがにオーガニック・コットンの切り売りは最初から期待してはいなかったのだけど。

 そういえば、家にミシンを持っている人をわたしはほとんど知らない。以前一緒に住んでいた友だちはお母さんの家に足踏みミシンがあったので、縫い物を頼みに行っていた。

 そうだ!かばんまで手作りするデザイナーの知人に、久しぶりに連絡をとってみようかな。(などと、盛り上がってる割には、我が家にもミシンはありません。 苦笑)

 

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