ちょっと前のわたしたち

【No.41】7月3日(むく) * 【No.42】7月9日(ナオミ) * 【No.43】7月16日(Maki)
【No.44】7月23日(Meche) * 【No.45】7月30日(Del mar)

No.45
7月30日 Del mar(日本)

 スペイン行きを前にして例のごとくあたふたしている私。
毎度のごとく気になること、出発までに片付けないといけないことが出てきて、それが解決するまでは落ち着かない。

 いや、出発当日まで落ち着くなんてことはないのだ。自分で決めた旅行なのに、出発日が近づくにつれて私はナーバスになり、気分が落ちこんでくるのがわかる。おまけに今回は夏バテがひどくて、昨日などやっとスーツケースを出したものの、少し荷造りをしたらもう疲れて部屋でゴロ寝を繰り返す始末。

 スペインの治安はここのところよろしくなくて、インターネットの治安情報なんかうっかり読んだ日には気持ちがなえてしまう。この治安についての不安も私をいらだたせる要素の一つ。

 今まで被害に遭ったことは一度もない。これほど一人でスペインを歩き回っていながら。でも、だから今度も大丈夫とは限らない。けっして油断してはいけないのだ。外国にいると自分の神経が少しとがっているのがわかる。

 植木鉢を友人に預けに行き、ガイドブックの資料のコピーに走る。旅のメモ帳に情報を書いておくのも必要なことだ。買い物もリスト作っているわりにはなぜか一回ではすまない。でもこんなふうに走り回っているほうが旅立ち前のブルーな気分を忘れることができていいのかもしれない。

 そう。今はまだブルーな気分だ。こんな気持ちで1か月も外国に滞在できるものかと危ぶんでいるほど。でも、こんなネガティブな気持ちにおちいるのは毎度のこと。

 それに、私にはわかっているのだ。出発当日、空港の免税店で買い物をするときから自分の気持ちが高揚しはじめることを。神経をとがらせながらも自分がスペインの街歩きを楽しむであろうことが。

 今回の旅も無事に終えることができますように。それとスペインに行ったら夏バテを忘れられますように。マジでしんどいぜ。(^^;)

 

No.44
7月23日 Meche(京都)

 今年も雨に見舞われたけど、祇園祭も終わりとうとう京都に夏がやってきた。

 汗と塩にかぶれる体質の私は、気温が高いのは平気だけれど、湿度にはとっても弱い。だから日本の夏は嫌い。特にここ、京都の夏なんて最悪!大嫌い!四方を山に囲まれた盆地とやらのおかげで、湿気がベットリと体にまとわりつく。

 といっても、日本の夏に全然楽しみが無いわけじゃない。普段はあんまり好きじゃないビールも美味しく感じるし、この時期必ず盛り上がるこわ〜い話も私は大好き。この間も、心霊体験の特集番組を見つけ、ウキウキしながら見ていた。ところが、しばらくすると部屋の中に妙な匂いが漂い始めた。おかしい。一人暮らしの私の家でどうしてお線香の匂いがするの?そういえば「幽霊が出るときお線香の匂いがすることがあるんだって。」って誰かが言っていたぞ。急いで愛猫を抱きしめる。こわ〜い。

 私はスペインでも、それらしい体験を何度かした。
ディスコテカ(ディスコ)からの帰り道、友達と私を目に見えない何かが追いかけてきた。確かに何かが近づいてくる。その気配に私たちは悲鳴をあげて逃げた。車の中を荒らされたこともある。カギはロックされたままだったのに車の中はぐちゃぐちゃだった。お金もラジカセのデッキも盗まれていなかったけど、大事にしていたサングラスがなくなっていた。前日に迷い込んだ墓地で、埋葬中だったのを知らずにはしゃいだのが悪かったのだろうか・・・。でもとっておきは2年前、レオンの北にある鍾乳洞で痛いほど足をつかまれたこと。ビックリして隣を歩いていた友人を見ると彼女も私を見ていて、そして言った。「今誰かに足をつかまれた・・・」。あぁ、思い出してもこわ〜い。

 でも、それでもスペインの夏はいい。汗が大気に吸い込まれ、太陽が肌を焦がしていく。う〜ん、行きたいなぁ。でも今年は無理。どう調整しても無理。じゃあせめて電話でもと、スペイン人の彼と結婚してレオンに住んでいる友達に電話をした。2回の呼び出し音の後、受話器を取ったのは旦那のミロ。彼は結婚の挨拶をするため来日したとき、このムシムシした夏を経験したことがある。「ねえミロ、レオンはもう暑い?」「うん、暑いよ、そりゃ夏だもん。でも、日本みたいに湿度が高くないから過ごしやすいよ。へへへっ、いいだろ。」あぁ、憎たらしい・・・嫌がらせに京都の湿度を箱に詰めて送ったろか・・・。ミロのおかげで、私は不機嫌を通り越して意地悪になる。

 気分転換のため出掛けたお買い物の帰りに見上げた空は、とてもきれいな夏の色をしていた。スペインの空とつながっているんだと思ったら日本の夏も過ごせそうな気がした。

 

No.43
7月16日 Maki(横浜)

 9日(月)から、母が姉夫婦の住んでいるイランに行っている。「2人目ができちゃったのよね」と姉から連絡があったのが4月末。何かと不便な異国暮らしで、ようやく1歳になる上の子の世話だけでも大変なのに、つわりがひどくてベッドからも出られないというので、姉のダンナのお母さんと、両姑がお手伝いに行くことになったのだ。

 折り悪く、元気だけがとりえ(?)の父に異変がおきた。更年期障害と歩きすぎが急激に足腰に来てしまい、10mごとに休憩しながら歩くのがやっと、仕事も休職、毎日車で病院とリハビリ通い。そんな時に母が家を空けるので、非常に手間のかかる祖母はショートステイ施設へ。航空券の手配、ビザ申請や入国カードの見本など、英語のわからない両母が無事にイランに到着できるように、私と姉夫婦の気苦労は大変なものだったが、何とか準備万端。幸いにも非常に仲が良い両母は、「おばさん2人、やじきた珍道中だわね〜。」などと言いながら、トランク一杯の姉の注文品(差し入れ)を持ってのん気に出発していった。

 残された私と父。父はもともと家事ができる人なのに、買物も行けない状態なので私が仕事の傍ら家事を全部やらねばならない。ちょうど今仕事が午後だけなので助かるが、やはり大変なことには変わりない。今時珍しく電気炊飯器を使わない我が家は、まず朝起きてご飯のお釜を火にかけ、味噌汁の準備から始まる。片付けて、仏壇の花取り替え、犬のご飯、ゴミだしと洗濯。お昼の準備と夕飯の下ごしらえをすると、あっという間に仕事に行く時間。帰りには閉店間際のスーパーに駆け込んで買物をして、帰宅すると夕食、片付けと明日のお米とぎ、お風呂の用意。戸締り。自分も風呂に入ってほっと一息ついてメールチェックなどする頃にはすでに夜12時を回っていることがほとんどだ。そのくらい当たり前よ!と共働きの主婦には批判されそうだが、本当にあらためて母の偉大さを感じる。専業主婦とはいえいつも家事に追われている母には、いい気分転換になることだろう。帰国はまだ1週間先だ。

 それにしても「家事の手伝い」に行ったはずの母は、姉の体調が一番ひどい時期を過ぎたおかげで、すっかり「観光旅行」しているようだ。市場に行っただの山に行っただの遺跡に行っただの、毎日のように報告メールが届くのだから・・・。

 

No.42
7月9日 ナオミ(日本)

 わたしが住んでいる地方でも先週末から、映画『ローサのぬくもり』が公開されている。この映画、以前にもこの「最近のわたしたち」で触れたと思うのだけど、原題は『Solas』、一昨年の東京国際映画祭でのタイトルは『アローン』だった。それが一般公開時には『ローサのぬくもり』と名を変え、さらにスペインでは地味だったポスターも、日本では暖色系の一見華やかなポスターになった。ポスターだけ見たら、とても同じ映画とは思えないような変身ぶり。

 それはさておき、この映画にはちょっとした思い出がある。
 この映画を最初に観たのはスペインの映画館だった。短いスペイン滞在で効率よく映画を観るために、情報誌で昼間に上映している映画館を見つけて出かけた。スペインでは映画というと、16時以降の上映が一般的で、昼間の上映はあまり無いが、すでにロングランとなっていたSolasは昼一回の上映となっていた。わたしが行った映画館はいわゆるシネコンで入り口には上映中の映画のポスターがたくさん掲示されてたのだけど、Solasのポスターはなかった。チケット売り場で、一応「Solasって上映してますか?」と尋ねてみた。すると、返事はNO。不思議に思いながらも、来た道をトボトボと歩き始めると、後方からわたしを呼ぶ声が...。「Solas、やってたわ!」と、先ほどのチケット売り場の女性だった。映画館の人も知らないということは...。そう、新しくて、近代的で、きれいで、広〜い映画館のホールに観客はわたし一人。文字通り(?)、Solaだった。
 ホール貸切で映画を観たのは後にも先にもこの時だけ。妙なところで思い出深い映画となっている。

 そして、先月、公開に先駆けて行われた試写会に出かけた。スペイン では妙に落ち着かない鑑賞だったけれど、今回は狭い試写室でじっくりと作品に浸ることができた。
 『ローサのぬくもり』は、同じく母の愛を描いた『オール・アバウト・マイ・マザー』と比較されることが多い。『オール・アバウト...』のような華やかさは無いけれど、とっても良い映画なので、まだ観ていない人にはオススメ。幸い、この映画はスペイン映画にしては比較的、地方でも多く上映されるので、お近くで公開された折には是非、ご覧あれ。

 

No.41
7月3日 むく(マドリード)

 先日ベルギーに会議のため出張してきた。会議が金曜日だったので週末をベルギーで遊んできた。土曜日はベルギー駐在時代に家族付合いをしていた姉貴分の美容院で髪を切り、日本人経営の本屋で日本の本を仕入れ、日本食料品店に行って芋焼酎や大福などを仕入れてきた。

 ベルギーは人口が約1000万の国であり、首都ブリュッセルには約100万人の人が住んでいる。日本人の数は一時期減ったようであるが、全土で5000人以上が大使館に登録されている。在留届を出していない人間も含めると約6000人くらいの日本人がいるらしい。聞いたところによると人口約4000万のスペインの在留日本人の数は5000人もいないのではないかとの事で、対人口比で言うとベルギーの方がはるかに多くの日本人がいることになる。

 僕がベルギーに赴任した18年前には日本レストランは4軒しかなかった。10年前には約10軒に増えていた。ところが最近新しい日本レストランがますます増えて20軒位はあるらしい。マドリードでも日本レストランと うたったお店が増えてきているが、経営者が中国人であったり、日本人の料理人がいなかったりするお店が多い。それに比べてベルギーの日本レストランは全て日本人が経営しており、どこのお店にも日本人の料理人がいる。

 行きつけは某寿司屋と、そこで板前をしていた人間が開いたお店の2軒で、ベルギーに行く度にそこで食事をした。

 日本人が多いせいか日本食料品店が4軒あるのもブリュッセルの魅力である。1軒しかないマドリードとは違って食材も豊富だし、値段もそこそこ安い。なんといってもマドリードには置いていない芋焼酎がブリュッセルでは入手できるし、大福や桜餅もあるので両刀使いの僕としては嬉しい限りである。(笑)今回はなんと茗荷も売っていたので思わず買ってしまった。

 ベルギー出張のお土産は常にJamo'n Ibe'ricoである。今回も100グラムのパックを15袋持っていった。ベルギーにも似たようなハムがあるが非常に塩っぽい。スペインのハムも塩っぽいと思うがとても比較にならない。一度でもJamo'n Ibe'ricoを食べた事のある人間は病み付きになるらしい。僕が常任幹事で10数年前に始めた豪遊会(ゴルフ友の会・豪快に遊ぶ会の略称)の第100回記念の大会が来年にあるらしい。その時には何かスペインから送ると言ったら、みんなの希望はJamo'n Ibe'ricoだった。その時には大量のJamo'n Ibe'ricoを送るか持参しなければ。

 

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