ちょっと前のわたしたち

【No.25】3月5日(TOSHIO) * 【No.26】3月12日(ナオミ)
【No.27】3月19日(Maki) * 【No.28】3月26日(Meche)

 

No.28
3月26日 Meche

 おなかがすいて目が覚めた。 お酒を飲んだ次の日は、たいてい空腹で目が覚めちゃう。 シャワーを浴びて買い物に出掛けるのは、めんどくさい・・・どうしよう?

 私の家には食べるものがほとんど無い。 というのも不精ものの自分を戒めるために、普段からその日に必要なものしか買わないようにしているからだ。 でも、そんな私の家にもあるのが、缶詰。 スペインへ行くたび私は必ず大量の缶詰や乾燥食品を自分の家に送る。 航空便は高いからもちろん船便。 2,3ヵ月後にのんびり我が家に到着する荷物は、開けると微かにスペインの匂いがして、日本の生活にすでに疲れ始めた私をホッとさせる。

 食欲は待ってくれない。 おなかの音に急かされて私はキッチンへいく。 ガタガタと棚の奥を引っ掻き回し、丸くて平べったい缶を引っ張り出す。 今日のランチは肉団子、アルボンディガス・デ・カルネ( Albo'ndigas de carne)の缶詰だ!

 温めた肉団子に冷凍保存してあったフランスパンのトーストを添えて、遅めのランチの出来上がり! いい匂い、美味しそう。 うーん、いただきます! パクッ、あれっ? なんだかまずい。 せっかく大事にしてあった缶詰を開けたのに、これはひどい・・・。 以前はもう少し美味しく感じたのに、どうして今は美味しくないんだろう?

 わかった。 私の中のスペイン度数が低いんだ。 例えばスペインから戻った直後のスペイン度数を10とする。 満点だ。 でもそれは時間と共に少しずつ低くなってくる。 そこで缶詰の登場! スペインの缶詰は不足分を補って、私を満点の10に引き戻してくれる。 私は心の底からの幸福感に酔う。 「あぁ、もしかしたらここはスペイン?・・・美味しいっ。 幸せ(ハート・マーク付き)」。 ところが今はその度数が4ぐらいだから、缶詰だけじゃちっとも満たされない。 いつまでたっても不幸で空腹のまんまだ。 まずいぞ、肉団子!

 満たされないおなかは「早くスペインに帰れ!」と私をそそのかす。 そうだね、とびっきりまずいのを探しに行かなくちゃ! すぐにスペインに帰れるようにね。

 


No.27
3月19日 Maki (ピエドライータ)

もうすぐ、1年間のスペイン滞在が終わる。
長い、ながい夢を見ていたような気がする。

不安と期待がいっぱいのまま、スペインへ旅立った1年前。
「このままスペインに残りたい、でも早く日本に帰りたい」 そんな気持ちがいつも交錯したまま、時が経つのは矢のように 早くて、喜びも悲しみも、楽しさも寂しさも、すべて今では大切な思い出。
スペイン語も、それなりに身につけた。たくさんの土地を訪れて、 たくさんのことを学び、たくさんの人と知り合った。
1年間の滞在の前に目標としていたことは、それなりに達成できたと思う。
でも、まだ何か足りない。スペインに、忘れ物をした気がしてならない。
帰国の時が日一日とせまる中、それを考えていた。

きっと、それは忘れ物ではなくて、探し物なのだと思う。
それが何なのかも、見つかるかどうかもわからない探し物。
でもそれを探して私はこれからもスペインに関わり続け、 私のもう1つの故郷、スペインを訪ねるのだろうと思う。
まだ何か足りない、そのほうがいい。
完成してしまったら、その後何をすればいいのか。
「いつでも夢と好奇心を忘れずに」という大学時代の恩師の言葉が胸に響く。
それを学んだだけでも、スペインに来て、本当に良かった。

別の国に住みながら、いつも一番の心の支えになっていてくれた姉夫婦。
たった2人の娘たちがそろって外国にいることを寂しく思わないはずが ないのに、そんな私たち姉妹を「自慢の娘たち」といって1年間地球の 裏側からいつも見守ってくれていた両親。
スペインに来たばかりで右も左もわからなかった私を 本当の家族のように助けてくれたマドリードのホストファミリー。
日本語でスペインについて語り合えるスペイン在住の友人達。
引越して孤独だった私を受け入れてくれたピエドライータの 大自然と大切な友人達。
そして、未熟な私を見守ってくれたマドリードとピエドライータの 研修校の先生達、たくさんの私の生徒達。
こんなに素晴らしい滞在をさせてくれて、ありがとう。

日本に帰っても、日本人ばかりの 街の雑踏、日本語の喧騒、看板、TVニュース、全てに 違和感を感じたり、無意識にSi'と返事をしてしまうことだろう。
たった1年、されど1年。目を閉じると、私の過ごしたスペインの 風景が、音が、色が、匂いが鮮やかに走馬灯のように浮かんでくる。
ああ私、いつの間にかこんなにもスペインが「日常」になっていたんだ。
絶対にもう一度、スペインに住みに来るからね。
それが今の私の1番の夢。

 

No.26
3月12日 ナオミ (日本)

 日本に住んでいるわたしにとって、スペインを訪れる機会は 年に一度が精一杯。毎年2月から3月にかけて訪西していて、 例年なら、そう、ちょうど今ごろスペインから戻り、余韻に 浸っているところ。それなのに、今年は日本から脱出するこ ともなく、日本にいる。

 年に一度のスペイン旅行の余韻に一年中浸っているわけにも いかず、日本に居ながらにしていかにスペインに触れられるか、 これが大きな課題......だった。でも、最近ではインター ネットや様々なメディアの普及によってスペインが身近に なり、一昔前の苦労(?)が嘘のよう。

 テレビをつければ、スペインのテレビ局TVEの番組を見ることが できるし、インターネットに接続すれば、その日のスペインの 新聞を読むことができる。ああ、なんて便利なのだろう!

 情報はいくらでも手に入るようになったけれど、スペインの 空気までは届かない。やっぱりスペインに行かなければ!と 思い、一昨日、航空券の手配をした。やっぱりわたしにとって この時期はスペインなのだ。

 昨年スペインへ行ったときには、ひたすらラ・マンチャを彷徨 った。さて、今年はどこへ行こう?そんなことを考えるのも旅行 の楽しいところ。
 でも、出発前はなかなか時間がなくて、今年もプランを考える 余裕がない。まぁ、どうにかなるさ。いつも旅行は行きあたり ばったりだし。

 スペイン行きの大きな楽しみの一つはオフ会。実はこの「 最近のわたしたち」で訪西を告白するので、まだオフ会の予定 など無いのだけど...。去年はみんなで焼肉を食べたっけな。 今年は狂牛病が恐いから、焼肉はないよな...。
 そんなことを勝手に考えながら、気分だけは一足先にスペイン へ行ってしまっていたりする。

 

No.25
3月5日 TOSHIO (ドイツ)

 勤めている会社を辞める事にした。

 18年間長かったような・・短かったような・・思い起こせば感無量である。

 辞めさせられたわけではない。飽くまで自分で辞めると決断して辞めるのであ る。とはいえ、きっかけは、今流行の「早期希望退職優遇制度」と言う奴であ る。

 以前から我社と提携関係にあったアメリカ資本の同業他社に33.4%までの増 資を許し経営権を譲ったのが5年前。爾来、新たに送りこまれた英国人・米国人 の社長を中心に懸命の会社再建を行って来た新経営陣は、ついに今回、合理化の 為、工場の一つを閉鎖すると同時に、間接部門の大幅人減らしに踏み切ったのだ った。30歳以上の間接部門人員全員1万人を対象に1800名を定員とした早 期希望退職者が募られた。受付期間は2月19日から3月5日までの2週間。退 職申請受付期間の途中であっても、先着順に定員1800名に達した時点で募集 は打ち切られる事になっていた。

 早期希望退職優遇制度の目玉は、今回辞めれば、通常の退職金以外に、50歳以 上には年収3年分相当、40歳以上には年収2.5年分相当、30歳以上には年 収1.5年分相当の特別加算金が支給されるというものであった。年明けには、 30歳以上の間接部門従業員1万人全員に、会社から各自宛てに「通常退職金・ 特別加算金の計算書」が配布された。

 私は迷った。今、45歳。所謂「働き盛り」と世に呼ばれる年代である。娘達 は、13歳と12歳、少なくとも後10年は経済的にも面倒を見なければならな い。生活するには充分な安定した収入と一部上場会社の海外駐在員という身分 (私はそんな「身分」なるもの一切自覚はしていなかったが、友人達は私はそう いう恵まれた「身分」なのだと言い張った)を捨てて、新たな「道」にチャンレ ジすべく会社を辞めるべきか。毎日、迷った。妻とも、毎日話し合った。試しに 娘達の意見も聞いてみた。残るべきか、辞めるべきか、毎日違う結論が出た。毎 日100%の確信を持ちながら異なる結論が出るのである。昨日は、100%確 信を持って「辞めるべき」と思った。しかし、今日は100%の確信で「残るべ き」と思うのである。最後の最後の日まで迷った。

 2月16日の金曜日、急遽日本行きを決めた。18日(日曜日)にフランクフル トの会議に参加してから、月曜日ドイツを発ち、火曜日日本着、水曜日に退職申 請を出そうと考えたのだ。しかし、待てよ、と自分に問う。もしも、水曜日まで 1800人の定員一杯になったらどうするんだ。そこで、急遽、日曜日の会議参 加のキャンセルを決め、予約済みのフライトを変更した。土曜日ドイツ発、日曜 日日本着。こうすれば、月曜日には退職申請を出す事が出来る、善は急げ、であ る。

 日曜日、広島の両親宅に到着。月曜日の朝、日課になっているメールチェック。 「噂では、退職希望者1800人を超える勢いのようです・・・・」という 友人からのメールが目に飛び込んでくる。  頭から血が引く思いだった。 時、実に午前9:30。あと30分しかない。この際、次の職が決まっているか どうかが問題ではない。今、辞めて新しい「道」にチャレンジしなければ一生後 悔する。午前9:40FAXで流された私の希望退職申請は同日(2月19日) 午前10:00付けで受理された。

 ふたを開けてみると、2月19日10:00受付分のみで定員1800名を遥か に超える2213名の申請が出されていた。退職募集受け付けは、即、締め切ら れた。かくして、私は、2213名の早期希望退職者の一人と相成ることが出来 たわけである。

 今の私のテーマは、「道」である。再び、会社勤めのサラリーマンの「道」を選 ぶか。はたまた、独立起業の「道」を選ぶか。また迷っている。未だ迷ってい る。 迷いの結果、出来得れば最善の「道」を選びたい。とはいえ、最善の 「道」であったかどうか、自分自身にも誰にも判るものではない。 10年後、 2001年を顧みて少なくとも後悔だけはせぬとも良い「道」を選びたいもので ある。そう思って、今、懸命に迷っている。

 

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